許冠文的喜劇人生(下) A

2012.02.04 Sat

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『摩登保鑣(新Mr.Boo!アヒルの警備保障)』の成功は、意外にも、
ホイ三兄弟が方向性の違いから、それぞれの道を歩む幕開けとなった。
当時、マイケルは、その事を公開の場で素直に認めている。
映画の大ヒットは、彼の心理的負担を更に重くしていた。

「『雙星報喜』から始まり、このパターンで既に10年やってきましたが、
原則的に言って、それは皆同じスタイルのもので、この先も引き続き
このパターンでやっていけば、どれも似たようなものになってしまいます。
有力なアイディアが無ければツマラナイ・・・
Samは、私の考えを尊重してくれました。
根気よく考えればいいと私に言ってくれたんです。
しかし、青春は大変貴重なものです。阿Samはハンサムでまだ若い。
私に付き合って待っていたら、一年、二年・・と
歳月を無駄にしてしまう可能性が大いにあるわけです。だから、
もし他に良いチャンスがあるならば、やってみるように彼に勧めたんですよ。」


  するとちょうど上手い具合に良い時期に当たった。
新藝城(シネマシティ)が、200万ドルの高ギャラを提示して、
Samに『最佳拍檔(悪漢探偵)』への出演を依頼してきたのだ。
一旦撮影が始まれば、途中で止めるわけにはいかなくなる。
一方、マイケルは、自分の新しい道に向って構想を練り始めた。
ラブコメディ風の作品へ転向である。
先ずは、葉蒨文(サリー・イップ)と共演した『鐵板燒(新Mr.Boo!鉄板焼)』、
その次は、鍾楚紅(チェリー・チェン)との『歡樂叮(新Mr.Boo!お熱いのがお好き)』。
しかし、興行収入も評判も記録を破る事はできなかった。

「以前は阿Samがいたので、ヒロインは必ず彼に食われてしまう。
彼がいなくなった今は、私を食ってしまう美人なヒロインが必要になる。
そうなると、ラブストーリーになってしまったと言うわけです。
しかし、観客には、あまり受け入れられなかったようで。
例えば、『半斤八両(Mr.Boo!)』の中には、40ものギャグがあった。
『歡樂叮(新Mr.Boo!お熱いのがお好き)』にも40個のギャグが含まれている。
結果、『半斤・・』は、それら40のギャグ全てがウケたんですよ。
客を本気で笑わせることができたのに。
それが『歡樂・・』になると、一つもウケなかった。これをどう思います?
許冠文の笑いの技術も、たった数年で“大ウケ”から“大コケ”ですよ。
これこそまさに、私が考え直さなければならない課題なのです。」



何も知らずにレコーディングルームへ
黎明を弟代わりにするのは間違っていた

  挫折の経験から教訓を汲み取ったマイケルは、86年、
ついに“ピン”になって初の手応えを得た。『神探朱古力(新Mr.Boo
香港チョココップ)』が2000万ドル以上を売り上げたのだ。
彼は、劇中でパートナーを演じた梅艷芳(アニタ・ムイ)を大絶賛した。

「第一に、美しい歌声を持つ、完璧なるトップクラスの歌姫。
第二に、ステージ上でのパフォーマンスは、バレエダンサーの如く美しい。
大概、歌声が美しく、動作が素晴らしい人は皆、芝居をやらせても上手い!
私は随分前から彼女に目を付けていたんです。
彼女にピッタリの役所があれば、彼女を起用しよう、って」

マイケルとタッグを組む事になったアニタは、
当初、少し戦々恐々としながら彼にこう訊ねた。

「・・・私は・・・、マジメな演技をすべきなのでしょうか?
それとも・・・、アナタみたいに可笑しく演じるべきなのでしょうか?」

マイケルは、彼女に指摘した。

「コメディと言うのは、故意的に面白くしているわけではないんだよ。
こちらからは、ただストーリーを提供するだけで、
君なりに感じるものがあるなら、それをそのまま演じてくれればいい。
もし、笑えると思ったのなら、その可笑しさを表現してくれたらいいしね。
わざと大袈裟にする必要はないんだよ」


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  当時、アニタの音楽プロデューサーをしていた黎小田(マイケル・ライ)にも、
特別な役割があった。黎小田はマイケルに、アニタと一曲デュエットしてほしいと
絶えずラブコールを送っていたのだ。しかし、マイケルはそれを固く拒否した。
『雙星報喜』以来、歌声を公には披露しないと決めた以上、それは破れないと。
口説いては断られ、口説いては断られ・・・終いにはアニタの口から頼む事になり、
打ち上げの席でマイケルの歌声を聴いた時、すごくイイと思ったと言って説得。
アニタと小田は、大した事じゃないと言うような演技をしながら、終には、
マイケルをレコーディングルームに誘い込む事に成功。マイケルには内緒で、
『神探朱古力(新Mr.Boo!香港チョココップ)』の主題歌をレコーディングしたのだ。

「確か、黎小田作曲だったと思います。
歌い終わると、彼にOKと言われ、私は、ダメだと言ったんです。
あまりにも聞くに堪えないヒドイものだから。アニタ・ムイにも、
“怖がらないで、ちょっと遊んでみるようなものじゃない”と言われましたが、
私は、“たとえ遊びでもダメだ”と反対したんです。
こうしてやっとのことでレコーディングを終えたのですが、
結局、世に出る事はなかった・・・」

2003年、アニタがこの世を去ると、マイケルはこの事を後悔するようになる。

「人生は、苦しく儚いものです。
アニタ・ムイと言う才能ある人物とデュエットできるなんて、貴重な事なのに。
あの曲が流行るかどうかなんてどうでもよい事で。
せめて一曲だけでも彼女との曲を残しておくべきでした。
そうすれば、カラオケに行けば必ず、
マイケル・ホイとアニタ・ムイのデュエット曲があったと言うのに!」

少し前にも、当時の歌のマスターテープがまだ残ってはいないかと、
マイケルは黎小田に問い詰めたと言う。
「何とも言えないなぁ。探してみるしかないね」
黎小田は答えた。


  共同事業が上手く行けば、道理から言って続編が作られるのはおかしくない。
マイケルは一度、『神探朱古力』の続編の準備に取り掛かったと言う。
ところが、89年の9月、突然、制作チームの解散を言い渡した。
許氏公司と嘉禾(ゴールデン・ハーベスト)は、長年の付き合いに終止符を打つことに。
当時マイケルは、双方間で配給等の条件に隔たりが生じたためと説明した。
舞台の裏であれ表であれ、嘉禾の人間が少なくない以上、いっそ別れた方がましだと。

「周りから見れば、満足しているように見えるかもしれませんが、
私は依然として、興行成績にも、笑いにも満足していません。
アニタ・ムイと言う共演者がいて、まだ何が不足していると言うのか?
私は先ず、立ち止まらなければならないと思いました。それに、
私は前々からずっと、“続編”はあるべきではないと思っています。
良いモノは、前編で既に撮り終えているんです。
後編を撮るということは、それは純粋に金のためであり、
間違いなく損をする事はない。でも、それは良い事ではない。
もし今、ジェームズ・キャメロンが『アバター2』を撮ると発表したら、
それはつまり、金のため、ビジネスである事は明白ですからね。
私は、こう言う事は尊重できないんです。」

  彼の芸能人生において、唯一『続編』をタイトルに掲げた作品は、
90
年製作の『新半斤八両(フロント・ページ)』である。

「数年もの時を経て、もう一度三兄弟で一花咲かせてもいいなぁと思ったんです。
当時、私と陳欣健(彼もまた『神探朱古力』の監督である)は、
よく一緒に映画作りをしていました。彼は、俗世間にも精通しており、
今の時代に合っていると私は思っていたんです。
それなら彼にもう一度監督をやらせてみようじゃないかって。
しかし、思いもよりませんでしたね。例え同じギャグでも、
自分で考えたものを自分で演じる時は上手くいくのに、
監督が変わると、ちょっと違うだけで、しっくりこない。面白くないんですよ。」

周知のように、ジャッキー・チェンの映画の監督が谷徳昭だろうと、唐季礼だろうと、
成龍作品には、やはりジャッキーの魂が込められている。
マイケルは立派な喜劇王だ。まさか現場で口を出す事ができないとでも?

「私は、監督をとても尊重しています。
映画と言うのは、フィルムを使ってストーリーを“話す”ものです。
では、話し手は誰なのか?それは当然、監督の役目です。
ストーリーの話し手は、一人であるべきです。
話し手が二人もいれば、ストーリーが死んでしまいますよ!間違いなく!」


  これは、三兄弟最後の共演作でもある。
92
年、阿Samが芸能界を華々しく引退。一方、この時マイケルは、
当時勢いのあった黎明(レオン・ライ)を共演者に選び、『神算(マジック・タッチ)』を製作。
これはまさに、阿Samの“衣鉢”をレオンに継がせたことになる。

「映画と言うのは、経典があるわけではありません。
その一冊を歳を取るまで読み続けるわけにはいかないのです。
ならば黎明に、阿Samがこれまでやってきた事がやれるのか?
本来なら、それは不可能な事です。
人は皆、それぞれ異なる特性がありますから。
黎明は、黎明を演じるべきです。
私が『神算(マジック・タッチ)』を監督した時、
もし阿Samがいたら、こうするのになぁ・・・と言う事を常に考えていました。
しかし、黎明だって、阿Samの影をそんなに重ねられても困るわけです。
あいにく、あの脚本は彼に合わせて作られたものではなかった。
だから彼は自分のスタイルを新たに生み出す必要があった。
それは容易い事ではない。ところが、
それは、黎明の演技がすばらしい事を後に実証したのです。
だから私は、彼の得意分野を理解し、うまく利用しただけなんです。
彼に阿Samの代わりをやらせたのではなくて。」


  マイケルは、今もなお“独りぼっちのハンデ”を克服しようと努力し続けている。
彼の誓いは、時間が掛かってもいづれ必ず、再び映画界に返り咲くことだろう。

「歳を取ってまだ主役を演じようとすると、選択肢が少なくなります。
ウディ・アレンのように、ヒロインに自分の情婦を演じさせるのは、
見た目にもあまり気持ちの良いものではないですし。まるで、娘を・・・。
私は今正に考えている所なんです。一旦成功したら、
私の研究データを皆さんにもお見せしますよ!」


(日訳:管理人Baakkei

COMMENT
翻訳ありがとうございます!

冷静になってよく考えれば、神算はレオンでは無く、サムですわね。

言われて初めて気がついた(笑)

神探朱古力は大好きな作品で、何度も観ました。
Posted by きんこん at 2012年10月02日
★きんこんさん

こちらこそ、喜んで頂けてよかったです。
サムさんの神算・・・どうなっていたんだろう・・・
気になっちゃいますねぇ。今度、ここサムさんだったら・・?
と考えながら神算を見てみようと思います。(笑)
神探朱古力、私も大好きです♪
と言うか、デビュー作から全部好きで、それぞれにマイケルさんの魅力がイッパイで、
私には、マイケルさんの作品には順番つけられませんね。^^
Posted by Baakkei at 2012年10月08日
「摩登」の成功が皮肉にも許兄弟がパーツで活動する始まりだったんですね。
マイケル先生も阿Samとリッキーさん抜きで作品を作らなければならないというジレンマがあってそれを克服しようともがいていたなんて…

「新半金八兩」が3兄弟共演の最終作品となってしまったのは今となっては悲しいです。
あれは兄弟のお父様が「自分が死ぬまでに3人揃った作品が観たい」という要望から制作されたそうです。
Posted by よーこぶー at 2012年10月13日
★よーこぶーさん

兄弟揃っての作品が観れないのは勿論残念ですが、
兄弟それぞれが別々に活躍することで、
また新たな発見や魅力が生まれる事もあるでしょうから、
それはそれでヨカッタのかなぁとも思います。
Posted by Baakkei at 2012年11月05日

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