Home Sweet Home 許冠文C

2009.05.02 Sat

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鄭:あ、そういや、マイケル!未来のお婿さんが家に訪ねて来て、
ご自宅で一緒に食事をしたって言いましたよね?
あの時、自分の娘を彼に手渡さなければならないのかと思ったら、
彼を絞め殺してやりたくなったって。
でも、自分の時の事を思い出したりはしませんか?
もう何年も前の事でしょうが、あなたが初めて岳父の家を訪れた、
つまり、あなたが奥様の実家を訪れ食事をした時の事ですよ!
初めて向こうのお義父様とお会いした時、
向こうのご両親の反応もこんな感じだったのでしょうか?
許:あの時、私はテレビ局に入社したばかりで、クイズ番組の司会をしていました。
一方、義父はビジネスをやっていたんです。それもとても成功していました。
実を言うと、義父は私のことを気に入るハズがないだろうと私は思っていたんです。
娘が芸能人と結婚するとか、そう言うのは嫌いなんだろうなぁって。
でも、いずれにせよ会わなければなりませんからね。
義父の前で、私はただボーっと座っていました。
私はトークには自信がありますが、話す事がなくて・・・
鄭:当時、あなたの話術は相当素晴らしいものでしたよ!
許:しかしあの時の私は、何を話していいか分からなかったんです。
そう言う事を教えてくれる人もいなかったし。逆に、現在のこの娘婿の方が、
“ちゃんとした挨拶の仕方”と言うものを心得ているんですよぉ!
彼は私と妻をレストランに招待して、キャンドルディナーで持て成してくれました。
承諾を求める時も、大変誠意がこもったもので、
「私は、あなたの娘さんがとっても好きで、どうかお父様お母様に
結婚を認めて頂きたい。もし、許してくださるならば・・・」って、
とても改まった形で聞いて来るわけですよ。
「私がなぜ娘さんを愛しているか・・・」とか。とってもキチントしているんです。
あなたが父親なら、許しますか?私は答えましたよ。
「あぁ〜いいでしょう」って。妻も、「いいですよ」って。
そしたら、すかさず花束が送られるわけですよ!
彼の全ての過程がとっても正式なんですよ。
こう言うのは、当時の私だったら、なかなか出来ない事ですよ。
鄭:そうですよね!
許:でも彼は、今それを完璧にやってのけるんです。
本当に、相手の父親を前にして完璧にやってみせるんですから。
ワインを開けて、家族皆がそこに座っていて・・・
鄭:ホントですね。そんな状況でNOなんて言えませんよね!(笑)
許:まさかこの形式がとても重要だったなんて・・・。
私はこの生涯・・・(そう言うのは)何もしてあげられなかったわけですから。
だから、義父にとって私は不孝な婿だったなぁと感じるんです。
あの時、義父に対してちょっぴり不満もありましたし。
義父は、私の事を好きになるハズがない。私は貧乏だから!って
心の中では思っていたんです。
確か、一緒に食事をしていた時だったと思います。
義父が私に一言説教した事があって・・・。
彼に説教されたと言うのが、私にとっては既に面白く無いわけで。
鄭:そりゃそうでしょう!
許:人は、こうあるべきだ…とか、そう言うモットモな話ですよ。
食事が済んだ後、私はそそくさと立ち去ってしまいまして、
それが私の正式な結婚のご挨拶だったんです。
鄭:と言うと・・・
許:あの頃は、今のようにあんな正式な挨拶と言うのはなかったんです。
鄭:その時のお義父様の反応は、娘さんを渡したくないと言う感じでしたか?
必ずしも家庭環境が原因と言うのではなくて。
あなたが単に芸能人だからとか、それも違うかもしれませんが。
とにかく、娘をやりたくないと言う親の気持ちは感じられましたか?
許:表面上は、分かりませんでしたね。でも今、自分も年を取って、
人としても成長して、分かりましたよ。また自分でも同じ体験をしてみて・・・、
娘を取られるのが惜しくないなんて、あり得ませんよ!(笑)
鄭:そうですよね!(笑)
許:ただ、彼の場合は単に娘を失っただけだと仮定するとして、私の場合は・・・。
なぜなら、彼らはまだまだ男尊女卑が強かった世代ですから!
娘にはそれほど関心がなく、一番大事なのはやはり息子なんです。
当時はとても簡単でしたね。例えば遺産は全て息子に残して、
娘には何も残らない、と言う風に単純なものでしたから。
ま、これは一つの比喩に過ぎませんが、我々はこんな事しませんからね。
こんな事、できるわけがないですからね。
ですから我々の感覚では、義父は男尊女卑なんです。
娘は嫁に行けば、それでめでたしめでたし。学業もそれほど必要ではない。
そう言うのが伝わってきて、あの時の私は、義父は男尊女卑だと感じたんですよ。
彼にとっては、ただの娘に過ぎないんだ、と。
でも後になって、今思い返してみると、義父も内心は辛かっただろうなぁと。
だって、娘が嫁に行くんですからね!勿論、今の我々ほど強烈なものではないですが。
彼は気持ちに素直な人ではなかったので。我々ほどこんなに強烈ではないと思います。
それでも、彼にだって、我々と同じような気持ちはあったハズです。
それに義父は、婿に対して決してよくは思っていなかった・・・ハハハ(笑)
「この男は職業が……芸能界ねぇ…」って。
昔の芸能界・・・、通常スターとか、歌手とかは、一昔前の世代の人からしたら、
とっても身分の低い職業でしたからね。
鄭:はい!
許:だから私の妻も、とっても度胸があるんですよ!
彼女は、わざわざそんな男と結婚しようとしたんですからね。こんな男に。
いずれにせよ、あの時義父は、娘の結婚相手は事業で成功している者であって欲しいと
願っていたハズです。それでこそ家柄の釣り合いがとれるってもんだと。


大監督李翰祥の影響で、映画の見方が一変

鄭:あなたは、中文大学に通っていらしたんですよね?
先ほど、仕事を複数掛け持ちしないと生活できなかったと仰っていましたが。
あなたには沢山の兄弟姉妹がいらっしゃって、当時の家庭環境と言うのは、
あなたも経済的負担を背負わされるほどだったのですか?
許:10歳・・・8歳の時でしたかね。広州から香港へ逃れてきた父親には、
親しい人もおらず、我々兄弟4人を連れて、ダイヤモンドヒルのスラム街に移り住むと、
小さい木造バラックで二段ベッドを置いて・・・と言う風にして育ったんですよ。
あそこは水道水さえもないんです。谷川で身体を洗ったりして。
あの時、私は『志蓮淨苑』で勉強していました。
仏教修道院で、無料で教育が受けられたんです。
あの頃はとっても腕白で、学校から追い出されて!ハッハッハッ!(笑)
鄭:あなたが?
許:本当に腕白だったんです。これが我が家の貧困状況ですよ。
毎日の楽しみと言えば、父親が帰ってくる事でした。
当時、父は湾仔で働いていて、家に帰ってくるのは週二日だけでしたから。
鄭:何をされていたんです?
許:ホテルの支配人をしていました。でも生活するには不十分で・・・。
確か、月給は僅か200ドルでしたね。考えてもみて下さい。あの時、
養わなければならない子供がこんなに沢山いるのに、足りないでしょう。
米びつの中は常に寂しく、全員には行き渡らない状態だったんです!
随分長い間そんな状況に耐え、やっとの事で蘇屋邨(香港の公営住宅)へ移り住むと、
状況は少しよくなりました。と言っても、数人が一つのベッドに犇きあって寝るんですけどね!
師範学校を卒業するとスグに教師の仕事に就きました。
中学校で教えていたんです。また、中文大学にも合格したのですが、母が言うんです。
「あなたには、まだ養わなければならない弟たちがいるんだからね!」って。
「それでも大学に通いたいのなら、今まで通り家計に入れてくれるんならね」
それで、こんなに無理がある状況の中で進学する事になったんです。
やむなく大学の講義を全て犠牲にして、どんな仕事だって掛け持ちしましたよ。
・・・某テレビ局での仕事もそうです。当時、某局は開局したばかりで、
許冠傑が『Star Show』と言う番組を受け持っていたのですが、
ギャラは悪くないよと教えてくれたんです。私は言いましたよ。
「本当か?俺にも紹介してくれないか?」って。
鄭:(笑)
許:サムはボスに掛け合ってくれました。するとボスは、
「キミの兄を連れて来たまえ。会ってみようじゃないか!」と言ってくれましてね。
そのボスは外国人・・・オーストラリア人なんです。私が彼を訪ねて行くと、
「キミは何ができるんだ?」と聞かれたので、
「私は教師をやっておりますので、話術には自信があります!
なんだって喋れますよ!それで何ができるかは分かりませんが・・・」と答えたんです。
ま、テレビ局ですからね。これが面接だったんです。
「クイズ大会の案があるんだが、私はオーストラリアから来たもんだから、
よく分からなくて。香港全土の中高生を対象にクイズ選手権をやりたいんだよ。
キミに、その企画ができるだろうか?どういう形式で、点数配分はどうするか、
クイズの内容は?そして出場校は・・・?キミに6ヶ月の時間を与えるから、
企画書を準備してくれたまえ。やれるかな?」私の返事は「いいですとも!」
その日は、家に帰ると夜通し寝ないで作業しました。
私が嘗て教えた事のある幾つかの学校に連絡すると、
10
校以上の参加希望がありました!
それから様々なクイズの形式を全て考えて行きます。
連絡した学校の内、既に参加を承諾してくれたのはどの校か、
セットのデザインは大まかにどんな感じなのか。
あの夜、60数ページに及ぶ企画書を書き上げたのです。
タイプライターで整然と文字を打ち込み、たった一晩でですよ!
私の妻まで呼んで!当時彼女は私のクラスメートでした。
一晩中寝ないで私の代わりに60ページ以上にも及ぶ字を打ち込んでくれたんです。
だからその後私の妻になったんですよ。分かったでしょう!(笑)
鄭:あぁ、恋愛感情はこうして生まれたわけですね!(笑)
許:感情も高まるわけですよ!苦難を共にしたんですからね!
午後テレビ局に行き、例のオーストラリア人のボスと面会。
あの日は午後2時でした。その翌日の朝、私はその企画書を持って・・・確か
9
時半だったと記憶しています。門の前で彼が出勤して来るのを待ったんです。
彼がやって来て私を見ると、「キミは何者だね?」と聞かれましてね。
「私は、昨日あなたに企画書を作るよう言われた例の者ですよ!」
「あぁ!でもあの件なら、キミに数ヶ月の時間をやると言ったハズだが?
どうしてここにいるんだ?」
「それならもう出来上がりましたよ!ハハ〜!」
私がそう言うと、彼はちょっと笑って、部下に電話を掛けたんです。
当時『歡樂今宵』のディレクターは、蔡和平でした!
ボスは、「我々の放送作家の報酬はどれぐらいだ?」
電話越しで尋ねた後、私にこう言いました。あ、勿論英語ですよ!
「ミスター・ホイ、キミの企画書を見せて貰ったが、とてもよく出来ている」
そして、まるでジョークでも言うように続けて・・・
「月5千ドル支払おう。足りるかね?」
鄭:・・・?
許:「まぁなんとか足りますかね」って私は答えましたよ。(笑)
鄭:いつの時代です?5千ドル〜!70年代ですか?
許:・・・はい・・・あれは・・・えー・・・
鄭:恐らく70年代ですよね!わぁ〜
許:・・・そうですね・・・、まぁなんとか足りますよ!アハハハハ!(笑)
鄭:アハハハハ〜イ〜ヒヒっ
許:ボスは、「今、梁ディレクターが来るから、この件については
彼女と相談したまえ」って。それからはやっと少し収入が入るようになって、
それほど惨めな思いはしなくても済むようになりましたね。
それまでは、全て夜間学校で教えていましたから。
7
日あったら7日ともね!そして大学卒業した年からです。
『雙星報喜』をやり始めたのは。『雙星報喜』は当時とても人気がありました。
でもその時は、将来芸能界に進もうなんて、これっぽっちも考えていなかったんですよ。
私の父が昔言ってましたから。ま、彼自身もバイオリン弾きですし、
私の母も広東オペラの歌手だったわけですが。彼らは、私が大きくなったら、
お金持ちになるか、李嘉誠みたいな・・・。それか、大統領になるかで、
決して芸能人なんかにはなってはいけないと考えていたんです。
芸能人ってのは、多くがアヘンを吸うものだからって。よく言ってましたよ。
「昔のそう言う芸能人ってのは、広東オペラを演じては、
舞台裏では屈んでアヘンを吸っていたものだ」って。
女性ですからねぇ!あなたもご存知でしょう!
鄭:(笑)

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マイケル流!子供とのコミュニケーション法

鄭:あなたたちは本当に“父と娘”らしい関係だなぁと思うのですが、
娘の方から父親に対して、「私、結婚するの」と改まった報告とかあるのでしょうか?
そしてあなたの方から娘さんには、何か忠告や祝福の言葉を贈ったりとか・・・
「娘よ、父さんなぁ、おまえに幾つか伝えたい事があるんだけど・・・」
なんて言うのは、やられたんですか?
許:必要ないですよ!私と娘の間には“ある方法”がありますから。
娘が小さい時から、私はこの方法でコミュニケーションを図ってきたんですよ!
鄭:ほぅ。
許:コミュニケーションがとても大切だと言う事は分かっていますから。
もし、子供が10歳を過ぎても尚、親と会話が出来ないようなら、
その後はもう救いようがないですよ!つまり、89101112歳、
これぐらいの年頃からなんですが、私は常にある方法を使って来たんです。
そして今も、未だにそれは変わっていません。
その方法と言うのは、我が家の場合、父親が映画監督でしょう!
脚本作りを利用するんです。
「あ、ダメだ!」 と、どうしてもテーマが思い浮かばない時とか、
「パパは、こう言うのを思いついたんだけど、相談に乗ってくれないかな。
ストーリーは、こう言う感じなんだけどね。この主人公の反応、イイと思うかい?
じゃあ、彼女の反応はどうだろう?彼女の父親がこうするのは正しいと思うかい?
それじゃあ、この娘はどうすべきかな?」等々、
私は常に彼女と一緒に物事を考えるようにしてきたんです。
鄭:う〜〜ん。
許:子供たちもそれがもう習慣になっているので、息子も娘も家に帰ってくると、
今日はどうしたの?って聞いてくるんです。それで私は、
「あるジョークを考えたんだけどね、ただ、それは○○さんを怒らせるジョークなんだよ。
彼を怒らせてまでやる価値があると思うかい?」と言う風に、
ある価値観を廻って、何度も何度も討論をするんです。
最初の頃は、私のお手伝いをしているのだと思って、
彼らは色んな意見を出してくれていたようですが、そうやっている内に、
一、二年が経った頃には、私とのコミュニケーションが習慣になっていたんですよ。
価値観とか、人生などについて、自分の意見を話してくれるのがね。
また今度は、私が自分の悩みを話したり・・・ね・・・!
ほら、子供ってのは、そうは言ってもですね、
自分の身に起きた困った事とかは教えてくれませんからね!(ニヤリ)
鄭:そうなんですよ!
許:彼らは、絶対に打ち明けてくれませんからね。
鄭:そうそうそう!
許:だから逆に、私の方から打ち明けるんですよ。例えば・・・
今、パパはある問題にぶつかっているんだけどね、
それには三つの選択肢しかないんだ。今、パパのボスはこう、こう、こう言う状況で・・・
もしパパがこうすると、こうなるんだけど、ああすると、ああなるんだよ。
おまえたちだったら、どの道を選ぶのがイイと思う?
パパの代わりにちょっと考えてくれないかな、最良の選択はどれなのか。
あ、じゃあ二つ目の選択肢はどうかな?あ〜でもそれを選ぶと、こうなるんだよぉ!
はぁ・・・よわったなぁ・・・・。はい、とまぁこう言う具合にすると、
彼らは私と一緒になって物事を判断する事が習慣になるんですよ。
また、彼らはそんな父親を見ていて感じるはずです・・・。
父親が自分たちを誇らしく思っているのが、子供心にも分かると思うんです。
なぜなら、父親も子供たちから色々と教えて貰うわけですからね。
そうやって彼らは少しずつ・・・感じ取るハズです。いつか彼らが困難に直面した時、
(私が彼らにした時と)同じ方法で解決しようとするでしょう。
「パパ、最近私の彼氏がこんな感じなんだけど・・・問題だと思う?
彼の考えは、こういう感じなんだけど・・・」と言う風にね。
今度は逆に娘の方から、
自分の悩みについて私に相談してくれるようになるんです。
彼らは1415歳の時からやっている事なので、
皆、こうやって家族で話し合う事が習慣となっているんですよ。
親子の間で話せる事は、娘が結婚して離れて行く前に、
既に全てを話し尽くしていますし、特別に改まって話さなくても・・・。
話し合いが必要な事は、既に話し終わっているんです。
それを娘が嫁ぐ日の前夜になって話す・・・なんて必要ないんですよ。
鄭:はぁ・・・。もう少し早くあなたに出会っていて、
あなたのこの言葉を聞いていたらヨカッタのになぁ!僕は、所謂
多くを語らないタイプの父親なので、いつも何でも心に仕舞ってしまうんですよ!
許:あなたは・・・あなたの場合は・・・、私が思うに、あなたは先ず、
自分を解放してやるべきですよ!開放してやると、二つのメリットがあるんです。
一つには、娘さんが自分自身を誇りに思える事です。「パパが私に
相談を持ちかけてくれたんだから、勿論、私の事を認めてくれているのよね、
私に能力があるって。そうよね?」ってこう思うわけですよ!
それから、くれぐれも叱らないこと!褒める事しか言っちゃいけませんよ!
叱るのはダメですからね!
鄭:そうそうそうですね
許:「おまえは、本当に賢い。だからパパはおまえに相談したんだ」ってね。
・・・父親の考え方は特別で・・・子供にとってもそうですから、
彼らも私に相談したいと思うんです。彼ら自身の悩みを、
心をオープンにして私に打ち明けてくれるようになります。
でも勿論、こちらも選ばなくちゃいけませんよ。適切な話題をね!
ある日、娘がついに私に話してくれたんですよ。
「この男性の私の印象はこんな感じなんだけど、パパはどう思う?」ってね。
私はこう答えるんです。
「パパもそう思うけど、お前はどう思うんだい?
この人はあまり良くないねぇ、あの人はいいよ!」ってこんな風に話すんですよ。
このようなコミュニケーションを続けていき・・・後に、娘が大きくなり、
自分の事業を持つ頃には、このコミュニケーション・スタイルが
すっかり身に付くようになるんです。
「パパ、私ね・・・ちょっといいかな、1分だけ!パパに相談したい事があるの。
えっとね、私の考えはこうなんだけど、パパならどう思う?」
「パパの考えはこうだなぁ」 「うん分かった、ありがとね」
私たち親子は、こうしたコミュニケーションがもう習慣になっていますが、
子供に対してこのように接する事ができれば、親として一番理想的ですね。
鄭:親の中には、特に自分の子供に対して非常に・・・例えば、
「パパについてくればいいんだよ。パパは弁護士だからな!
おまえの将来は、パパがもう既にきちんと考えてあるから。
何かあったら、遠慮なくパパに言いなさいね。必ず力になってやるからな!
確か・・・この叔父さんたち、パパ知り合いだから、お前は弁護士業界で働きなさい!」
何でもかんでも・・・子供の人生のレールを敷く、あなたはこのタイプの親ですか?
娘さん自身が何かやりたい事がある時、「パパ、ちょっと力貸してくれない?」
と言われたら、あなたはどういう風に手を差し伸べるんです?仕事の面ですよ!
許:私はそう言うタイプではなくて、出来る限り娘と一緒に考えてやりますよ。
それこそさっき話した方法ですよ!物事をしっかり見極めるんです。
「先ず最も大切なのは、おまえ自身の考えだ。どうなんだ?
おまえはこう思うのか?パパの意見はこうだ。
どうしてもこうしたいと言うのであれば、パパはおまえに何がしてあげられるかな?
必要だと言うなら、何かしてやれるかもしれないけど。
おまえが、これも悪く無いなと思うんだったら、よし、やってみなさい!」
もしかしたら、助けを求められるかもしれません。
でもそれも、彼女が自分で決める事なんです。
「おい、息子、父さんがおまえの代わりに何もかも考えてあるからな。
これが最良の選択にきまってるだろう!おまえに何が分かる?
父さんが全部考えてやるんだから、お前は心配しなくていいんだよ」
・・・なんて親にはなりたくないですね。
鄭:そうですよね!でもそう言う親もいるんですよね!
許:「おまえにコネがあるのか?父さんがスグに解決してやるから」
・・・そうです、これはイイやり方ではありません。
先ず第一に子供の自尊心が失われてしまいますから。
どうせ親父が全て準備してくれるから・・・と子供は思うようになるでしょう。
そして周りからはただただ咎められるばかり。
父親の顔に免じて・・・父親の力がなければ、おまえには何も無いんだからなって。
これが凄く大きな問題なんですよ!特に私の息子や娘の場合ですと、
彼らは口には出しませんがね、なんとなく感じるんですよ。
なぜなら、私が許冠文ですから!子供たちが将来成功したとしても、
人々はこう言うでしょう。「もし親が許冠文じゃなかったら・・・」
そして失敗すると、やっぱりこう言われるのです。
「見てみろよ、これが許冠文の息子なんだとさ」って。
鄭:ハハハ
許:でも我々親子の場合は意思疎通がしっかりできていますからね!
どうしたって周りの人からは色々言われるものです。だからより一層彼らには・・・。
本当は子供たちは心に抱いているんですよ。ほんのちょっとの・・・・・・。
これはコンプレックスじゃないですか。あなたにも分かるでしょう、この苦悩が。
だから、もう少し彼らに空間を与えてやらなければなりません。
我々父親ってのは、時に敏感になり過ぎます。例えば、私の古い友人なんですが、
息子さんとケンカしましてね。「父さんは、お前のために出来る事は全てやった。
それなのにお前は知らん振りだ。何時だってお前は取り合おうとしない!」
それで彼はついに我慢できなくなりましてこう言ったんです。
「お前もしかして、父さんのせいで恥をかいていると思っているのか?」って。
鄭:ゥワ〜ハハ!
許:わ〜・・・。どうです、なんて深刻な問題でしょう!
鄭:とっても深刻ですねぇ!
許:この時、彼の息子が、それこそ・・・・・・息子がなんて言ったか分かりますか?
「お父さんは僕に恥をかかせるような事はしていないよ。
もしかしたら父さん用意してくれた仕事を僕は・・・もしうまくやれなかったら、
僕が父さんに恥をかかせることになるんじゃないかって・・・」
私はちょっとゾッとしましたよ。わが友人は、この時やっと理解したのですから・・・
鄭:まさか息子さんの方が父親よりもっと賢いなんてね。
許:この何年もの間、彼もまた息子を誤解していたんですねぇ。
言い出せなかった事を、ついに我慢しきれなくなって口に出してやっと悟った。
まさか、父親に恥をかかせるのを恐れていたなんて・・・。
“親に恥をかかせるのが恐い”、このプレッシャーはなんて大きいのでしょう!
鄭:そうですねぇ。
許:だから父親の方も、気をつけなければなりません。
たとえ手を貸したとしても、威張っていたらダメなんです。
鄭:これは父親としてのプレッシャーですよね。放っておいたら、まるで・・・
許:子供に無関心だと思われる!
鄭:でしょう!どうして父さんは・・・って。それも他の一部の父親が、
息子のために万全に準備したりするから!子供のために何もかもしてあげて。
でもある時気付く・・・まさに先ほどの状況ですよね。
子供にとてつもなく大きなプレッシャーを与えていると言う事に。
あ〜だから父親ってのはですよ、心配するんですよぉ。
子供が小さい時は、健康に育つかなぁ?無事に生まれて来るかなぁ?て。
今大きくなってからは、(僕の娘は)もう18なんですけどね、
彼女の前途を心配して、手を貸してやるべきなのかな?じゃあどうやって?って。
ホント、頭が痛い!
許:私の考えは、言い過ぎないようにする事ですね。
家族で話し合った後は、子供に自分で決めさせるんです。
親は側面からサポートするしかできないんです。それに、もう十分話し合った事ですから。
色々話し合った末、皆の考えもそうするべきだと。
A
BCと言う選択肢の中から、Bがいいんじゃないかと。
「そうだな、Bがいいと思うよ。何か協力できる事あるかな?」って。
いいですか、娘もBを選んだのです!
A
BCDの中から、Bと言うのは、彼女が選んだ事でしょう!
「おまえはBを選んだのか。・・・パパもBだなぁ・・・GOODLUCK☆」
鄭:(笑)
許:「じゃあ今、パパは何をしてやれるだろう?
それか、こうした方がもう少し良くなるって事はないかな?
それは嫌だ?お前が嫌ならいいんだ。じゃあそうしよう!」って、

まるで全てが彼女の考えであるかのように・・・
鄭:彼女が決めた事ですものね!そうじゃなければ、
親はただ隣でアドバイスをするだけ。
許:そうです!もし子供たちが、親の選んだ道に進んだとします。
その後も大成功したとします。でも親は一生心のキズとして残るでしょう。
周りが言わなくても、自分自身でもよく分かっている事です。
子供の成功は全て、自分の力によるものだと。

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鄭:
僕の娘の場合、留学は4年間なんですけどね。
あなたの言う通り、カウントダウンと言う手があったんですね。
でも、ある日彼女が本当に彼氏を連れて帰ってきたら、
僕は絶対にやきもちを焼きますよ!あなたの場合はどうでした?
娘さんからこう打ち明けられるんです。
「私、今お付き合いしている人がいるの。彼がその人なんだけど」って。 
幸い、あなたの娘婿はイイ方ですが。そうでしょう?
許:初めて会った時は、絞め殺してやりたいと思いましたよ!
鄭:ヒャッハッハッ!(笑)
許:例を挙げると、あの嫉妬心と言うのは・・・とても説明が難しいんですよ。
娘の事は、いつも・・・半分彼女のようなものだと思っていますからね。
鄭:クスッ()
許:第一に、我々も男ですから!分かるんですよね。
男ってのは殆どが悪いヤツ・・・でしょ?
鄭:はい!(笑)それは事実だ!(笑)
許:彼女は私のものなのに。(笑)それを今、オマエなんぞと一生を・・・
このバカ野郎が!ってね。
鄭:(笑)キミさぁ、そんな上品で礼儀正しい風を装ってないで、
そんな芝居して娘を騙そうなんて、やめないさいよ!ってね。
許:我々は、何もかもお見通しなんですからね!
鄭:そのとおりです!
許:でしょう!それでですよ!彼を殺してやりたいと言う感情が
既に心の中にあるわけですよね。この男を殺してやる〜って。
その男を見る度に、目障りに思うんですよ。とにかくなんか相応しくない!って。
ある時、一番最悪だったのは、娘が帰って来たら、ある男性を紹介されたんです。
初めて彼氏を家に連れてきて、ランチを共にしたわけですよ。初めてね。
・・・・・・あなたも分かるでしょう。娘ってのは、私の前では一番エライ存在なんですよ!
だから私の前では非常に横暴で無礼な態度を取るわけですよ。
それが、あれ?意外な事に、その時の娘の上品振った態度と言ったらなかったですよ。
それはそれは上品に座り、彼氏のために料理を取ってあげるんです。
・・・・・・私には、一度だってしてくれた事ないんですよ! 
まぁ、それだけならいいですけどね。次の光景を目にした時は、危うく・・・・・・。
彼のお茶碗が空になったのを見た娘は、彼の代わりに直ちに我先にと 
鄭:ご飯をよそってあげたんですね!
許:そうなんです!ご飯をよそってあげるんですよ。
娘は生涯で一度もやった事もないんですよ!娘は、生まれてこの方、
自分のご飯だって家政婦さんによそって貰っていたんですからね!(笑)
彼女の父親にだって、これまで一度だってしてくれた事なかったのに。
それが彼のために娘自ら・・・・・。娘が彼の為に茶碗を持ってご飯をよそいに行き、
茶碗を手に出てきたのが見えた時・・・どうです?絞め殺したくもなるでしょう?
そしたら私の妻が、私を押さえて言うんですよ。我慢よって。
鄭:ホントですか?奥様が?
許:妻は、私の顔つきが大変不機嫌なのを見て、そっと私に言ったんですよ。
およしなさいよ・・・・って。(笑)・・・でも、あの時の感情は、かなり強烈なものです。
あの光景だって、最も強烈なものでしたからね。だって、ご飯を・・・・。
私には、お肉一つだって取ってくれた事ないのに。
まさか彼氏のためにご飯を!その時突然悟ったんですよ。
その時が来たんだなって。そうなれば・・・・その時が来たとなれば・・・
鄭:手を引かなければならない
許:手を引いて、彼女を自由にしてあげなければならない。
でも、今回は少しはマシだったんですよ。
彼女が初めて私の元から離れて行った、あの経験を思い返したので。
今回のダメージは・・・・それほど悲惨なものではなかったんです。
それに、結婚するのもイイかなぁって思ってね。孫を抱けるんですから!(笑)
どうせ近くに住んでいるので、以前海外に留学していた時とは違い、
しょっちゅう会う事だってできますしね。だから、時々私は思うんですよ。
できる事ならば、別に何も海外に留学しなくてもいいんじゃないかって。
どうして最も親しい人と離れなければならないんです?
絶対にメリットがあるんですか?
鄭:そうですよ!
許:私は離れた事なんてありませんよ。海外留学なんてした事ないですよ。
鄭:僕もありませんよ
許:私は香港の学校で学びました。
鄭:そうですよね!
許:大学だって、香港のです。許冠傑だってそうです。
鄭:そうですよ!
許:皆が皆、絶対に海外留学しなければならないんでしょうか?
何の問題もないのに、自分の家族とそんなに長い間離れて。
あっと言う間に4年が経って、もし彼について・・アフリカとか、
或いは、パキスタンにでも行く事になったら・・・
鄭:そうですよ!
許:永遠に失うかもしれないんですぞ。
鄭:OK!分かりましたよ。この回のこの部分は必ず娘にも見せて、
あなたの話を聞かせてやりますよ!
(カメラ目線で娘さんに向って・・・)
娘よ、どうして絶対に海外に行かないといけないんだい?

そうだろう?マイケル叔父さんも、必要ないって仰ってるだろぅ!
皆一緒に香港にいた方がずっといいぞぉ!」


鄭:あなたの経験上、娘さんが海外に行く時、
ひいては娘さんが彼氏を連れて帰ってきた時、
奥様は、どういうキャラを演じていたんです?あなたのようにヒステリックだったのですか?
それとも、精神崩壊したような?或いはアナタよりも冷静だったり?
許:恐らくこれはまさに、男女の違いなんでしょう。
私は娘の事になると、重く考えてしまうのですが、
息子に彼女が出来ても、それは別に何の問題でもありませんからね。
逆に、それは当然の事だろうと思うんですよ。
鄭:それは他所んちのお嬢さんですからね。ハハハ!
許:必要があれば、複数いたって問題ないですよ。(笑)
鄭:ハッハッハッ!
許:それは全く問題ではないんです。それほど強烈なものではないですし、
“失った”と言う感覚は無いんですよね。
娘の場合になると、奪われた感があるのですが、
息子には、そう言う感情は抱かないんですよ。
逆に言うと、私の妻は感じるようですが!反対に・・・
鄭:息子さんの方に!
許:息子の方にです!息子が結婚して、彼女の心理状態は・・・
まるで息子を失ったような感じだったそうで。
逆に、娘に関しては何とも思わないそうです。
鄭:そうなんですか?
許:そうなんです!彼女の考えはですね・・・
良かったじゃない、娘がステキな相手と結ばれて。喜ぶのが当然でしょう!
これが彼女の感じ方なんですよ。私とは全くの正反対なので、
「それは違うだろう」って、私は言ったんです。
彼女は、「とどのつまりは、そうなる事を願っているでしょう?!
ステキな旦那様を見つけたんだから、これから先も安心じゃない。」
彼女は、こう風に言ったんですよ。しかし、息子の事になるとですね、
なんだか・・・他の女性に自分の息子を奪われたと言う風に思うみたいで。
そうなると、私が彼女を慰めてやらないといけないんです。
だから男女では感じ方が必ず逆になるんですよ!
鄭:今度はあなたが奥様を?
許:そうです。以前自分に言い聞かせたように、彼女に言ったんです。
「息子だって、何れは結婚するものなんだから」って。
幸い、妻は孫をとっても欲しがっていたので。
「今は、彼が結婚した事で、オマエの気分はあまり優れないかもしれないけど、
でも、一年後なんてあっと言う間だから」 と言って慰めたんです。
そしたら案の定、一年後、
鄭:あぁ!
許:息子に男の子ができましてね!それからは孫を抱くようになり、
麻雀をやる必要もなくなったんですよ!
鄭:あぁ、麻雀はもうね!
許:案の定、一年後早速孫が出来たものだから、それからは一緒に孫の世話をしたりして、
麻雀には手を出さなくなりましたね。で今はとっても楽しいですよ。

鄭:その時、あなた方は・・・・・・えーと・・・
これは僕の妻にも必ず言って聞かせたい事なのですが。
娘や息子さんと離れて暮らすようになった最初の数年間は、
どのように乗り越えられたんですか?
あなた方夫婦の間で、何かこう・・・どう言うものが・・・
許:私の状況は、ちょっと特別ですからね。
当時、殆どの時間・・・4分の3近くになるでしょうか、
彼女は、娘や息子の所に世話をしに行ってましたよ!
・・・私が感じたのは、我々や夫婦の殆どが向き合わければならない事は、
子供たちはいずれ親の元を離れて行くものだと言う事です。これは絶対です!
だから彼らの門出を祝福してやれるように、自分たちも良い生活を送る事です。
そのためには、二つの方法があります。
一つは、夫婦の心を更に通い合わせることです。
それから、共通の趣味をより多く作ることですよ。
皆で一緒に楽しめるような共通点を多く見つけると言う意味です。
それまでは一人でやってきた事でも、今はできるだけ沢山の事を
二人で一緒にやるとかね。もっとたくさん友達を作ったりね。
中でも特に一緒に遊べる友達を作れば、遊びに行く機会も増えますからね。


娘が嫁に行く マイケルにとっては世界の終わり?

鄭:あなたは本当にそんな・・・気持ちに正直な方なんですか?
娘さんや息子さんの結婚で涙を流したりするのでしょうか?
許:涙ですか?私だって泣きますよ。
鄭:ホントですか?
許:泣くこともありますよ。決して涙もろい人間ではないのでアレですが、
それでも殆ど“泣いている”に近い状態にはなりますよ。
一人でビーチを歩いていると、この世が終わってしまうような
希望がなくなってしまうような、そんなキモチになる事があるんです。
すると突然・・・あなたもご存知でしょう!私はとてもオーバーな人間ですから。
ちょっと泣いてしまうんです。そっとね。アハハッ(笑)
鄭:一人泣きですかぁ(笑)
許:うん

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Home Sweet Home 許冠文@

今回ご紹介するインタビューは、
2008
年〜2011年に“now香港台”で放送していた
鄭丹瑞(ローレンス・チェン)司会のトーク番組、

Home Sweet Home』に許冠文先生がゲスト出演した時のもの。


※以下、訳文になります。

Home Sweet Home
ゲスト:許冠文(マイケル・ホイ)
ホスト:鄭丹瑞(ローレンス・チェン)
放送日:200952日(#21回)


オープニング

1どーだ、参ったか、参ったと言え! 
2何でだよ?今回のゲストはな、自身のテレビ番組で高視聴率を叩き出し、
映画を撮れば興行記録をを塗り替え、『トークショー』を開けば、毎回満員御礼、
スベリ知らずだ。こんなスゴイ喜劇王、香港中どこ探しても見つかるわけがないね。
どーだ、まいったか!
1やだね!そんな偉いなら誰なのか言ってみろよ!じゃなきゃ参らないぞ。
2その人の名は、マイケル・ホイ、許冠文だ!!
1・・・わっ!参りました、参りました・・・・・。


“花嫁の父” 許冠文

鄭:確か僕が中学一年の頃でしたかね、僕の家の階下に、
新しい家族が引っ越してきたんですよ。皆さん誰だと思います?
許冠文と、許冠傑ですよ!
そこには、小さなバルコニーがあって、
僕はよく自宅のバルコニーから下を見下ろしていたのですが、
ギターを弾いている許冠傑の姿を見かけたものです。
他にも彼の兄弟たちが歌っていたり、とても楽しそうでしたねぇ。
夜、彼らのパフォーマンスがある日は、その午後練習をするので、
僕は小さなお客さんになって、いつもバルコニーから観ていたんです。
今日はね、皆大人になったので、久々にお話でもしたいなぁと、
先ほど許冠文さんを誘ってみたんですけど・・・。
彼は覚えていますかねぇ。
嘗て、この“小さなご近所さん”がいた事を!(笑)

*ここから本編スタート
とあるカフェにて、臭い芝居から始まります(笑)

鄭:あれ、マイケル?
許:あらっ!
鄭:奇遇ですねぇ〜!さっきあなたの事を思い出して、
会いに行こうと思っていたら、こんな所でお見かけするとは!
さぁさぁ、一緒にお茶でもしましょうよ。
許:・・・そ、そんな偶然が・・??
鄭:いいからいいから!僕あなたにお聞きしたい事があるんですよ。さぁさぁ!
許:私、今持ち合わせありませんよ ・・・奢ってくれます?
鄭:勿論ですとも!今日は僕のおごりですから。さぁさぁさぁ!
ど〜うぞこちらへ、座って座って!

+ + +

許:(席に着くなり、フライドポテトを召し上がるマイケル)
鄭:あのですね、どうして僕がアナタの事を思い出したか分かります?
それは“喜帖街(※1)”が目に入ったからですよ。

1:喜帖街は俗称で、正式には『利東街』と呼ばれるストリート。
また、“喜帖”は、“結婚式の招待状”の意味。

鄭:今、僕は心に難題を抱えていて、僕を救えるのはアナタしかいないんですよ!
マイケル、話と言うのは、こう言う事なんですよ。
僕の娘、長女なんですけどね、18になったんです。
許:(笑)(ニヤニヤと含み笑いを浮かべながら、相変わらずポテトに夢中なマイケル)
鄭:今年9月に香港を離れて、海外留学に行ってしまうんですよ。
・・・て、ちょっとぉ!どうしてそんなに嬉しそうなんですか?(笑)
許:あなたもそう言う歳になったんだなぁって(笑)
鄭:(笑)
許:あなたの奢りでしたよね?
鄭:奢ります、奢りますとも。ですから、良いアドバイスをして頂きたいんですよぉ!
許:勿論ですとも!さぁ続けて!

鄭:正直言って、僕は本当に離れるのが辛いんです。
と言うのも、この十数年、僕はどこへも行かず、いつも家族の傍にいたので。
それが数ヵ月後、娘が僕の元を離れて行くんです・・・数年も。
もしそれで結婚することになり、“南アフリカ”へ嫁ぐような事になったらって想像したら、
僕は今後娘と会えなくなるんじゃないかって、もう受け入れられなくて。
なんだかもう・・精神が崩壊しそうなんです。
そしたら、許冠文先生の事が突然頭に浮かんだんですよ。
あなたの娘さん、最近お嫁に行かれたばかりでしょう?
息子さんだって、お嫁さんを貰って。恐らく経験も豊富でしょうから。
許:現実はこんな感じですよ!
子供たちなら、あっと言う間に戻って来ますよ。
ほんの数年だけですからね。(笑)
鄭:(笑)
許:そして彼らが空港に降り立つと、その内の一人は、
皮膚がとっても黒いアフリカ人を連れているんです。
鄭:(大笑い)
許:真っ黒な感じのね。
鄭:それでも構いませんよ。(笑)
許:もう一人は、“同性のお友達”を連れてね!
鄭:アハハハハハ!
許:久しぶりの再会。真っ先に目にする光景が、・・・はぁ〜・・・これですよ!
鄭:ひぃ〜(嘆)
許:これは、その・・・
鄭:あなたの空想ですか?
許:当時私が見た悪夢ですよ!その時私は、
そう言う現実と向き合おうと覚悟をしていた所だったんです!
子供は小さい時から私にベッタリで、友達とは滅多に遊ばなかったので。
私も暇さえあれば彼らと一緒にいたんですよ!
鄭:そうなんですよね。
許:でもこうなると厄介なんです!
彼らと遊ぶ事が習慣になっていると、いつかの日か突然、
子供たちが我々から離れて行くと言う事が想像できないのですから。
そうなると、誰が私の相手をしてくれるんです?
これはとても深刻な問題ですよ。そんな事考え方も無いのですから。
鄭:じゃあ、どのように克服したんですか?僕はそれが知りたいんです。
許:その後、心理学者の友人に助けられたんですよ
鄭:わぁっ!(驚) ど、どうやって?ぜひ・・・(笑)
許:(笑)
鄭:ぼ、僕にも紹介して下さいよぉ!今は僕の番なんですから。
許:私はまだいい方ですよ。私もその道を専攻していましたから。
副専攻が心理学だったんですよ。主専攻が社会学でね。
その中で、いくつか興味深い哲理があったんですよ。
(心理学者の友人に)「ちょっと助けてくれよ!」って言った所、彼はこう言ったんです。

「今、アナタは幾つかの概念に慣れないといけない。

一つ目は、子供たちは“アナタのモノ”ではないと言う事。
彼らは、単なるアナタの息子・娘に過ぎないのであって、
ある段階まで一緒にいるだけで、遅かれ早かれ離れて行くもの。
この考え方が物凄く大事で、子供と言うのは決して、
アナタが永遠に所有できるモノではないと言う事。これが一つ目ね!
二つ目は、子が海外留学に行けると言うのは、親にとっても一生の望みであると言う事。
その夢が、今叶ったのですから。子が海外に出て行くチャンスを掴んだのなら、
あなたにとっても、生涯で最も喜ばしい日であるべきです。
それを酷く悲しむなんて、なんて身勝手なんでしょう!
三つ目、いずれにせよ、受け入れなければならないのですから、
子供が離れて行ったら、自分の生活をリセットする事。
新たな交友関係を作るとか、新しい趣味を見つけるなりして、
子供に纏わり付くのはもう止めにしないと!」

ちょっと考えてみたら、それもいいなぁって、
それもまた面白いなぁと言う事に次第に気付いて行ったんです。
そしたら徐々に・・・一つ一つ乗り越えられるように。
このキモチってのは、実は時間が解決してくれるんですよ。
私の場合ですと、だいたい1年ぐらいでしょうかね。
一年経つと、そのキモチが日ごとに薄くなって行くんです。
薄くなり始めると、徐々に自分自身にこう言い聞かせるようになります。
あっと言う間にもう6ヶ月が過ぎたんだ。
残りあと、たった3年半の月日じゃないか、って。
鄭:アハハハハ!
許:それからは、三年、二年と、早いものでした。
あっと言う間に帰ってきたんです。
再会を果たした時、ついに待ち続けたんだと思いましたよ。
しかし、それからまた二、三年経つと、わ〜今度は、一人が結婚し、
もう一人も嫁ぐことになるなんて誰が想像したでしょうか・・・。
今度は永遠ですからねぇ!永遠にアナタから離れて行くんですからね!(笑)
鄭:永遠にですか
許:そう、永遠にです!
前回のは勉強に行っただけですからわずか数年の間ですが。
今度のは永遠です。更にスゴイヤツですよ!
でも、前回の経験があったおかげで助かりましたよ。
自分で考えられるようになったんです。とてもイイ事じゃないかって。
まさか娘が嫁に行けない方がいいとでも思っているのか?
息子は結婚しないのか?そうじゃないだろう?って。ハッハッハッ!
こうして自分で考えられるようになったら、次第に順応できるようになり、
気が楽になって行ったんです。
私自身、新たな交友関係を広げるようになりましたし、
妻と一緒に過ごす時間も多くなりました。

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肥媽私房菜 ゲスト:許冠文 B

2008.12.07 Sun

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香港コメディ俳優の総て

肥:近年、多くのコメディアンが出てきたけど、例えば、子華(黄子華)、周星馳、・瑞文、
それから鄭中基に、張達明。あなたから見て、彼らはどうなの?
許:子華のスタイルは、私に割りと近いものがあります。
この世の見方についての彼の表現の仕方、彼の考え方はとても興味深いものがあります。
皆さんの視点とは違いますから。
多くの方は、寄付をした後にダンスをしたって構わないと思っている。
一方、寄付をした後にダンスなんてNGだと思う。
これは単に視点の違いなんです。
これとはまた別のタイプなのが、達明などのコメディアンたちです。
彼らは、ボディランゲージで表現するんですよ。
・瑞文のように面白おかしく変装したりするのは、これまた別のパターンであり、
どれも皆、異なったスタイルで、別物なんです。
肥:周星馳は?
許:周星馳は、スタンダップ・コメディはやった事ありませんから・・・・・・
肥:トークショーの経験はなくても、彼も喜劇王よね。彼は香港映画のコメディ俳優だし。
もし“香港映画におけるコメディ俳優”で言うならば、波叔(梁醒波)は一つの時代でしょう。
そして、あなたもまた一つの時代を作った。じゃあ今は?正直に言ってどうなの?
波叔からアナタに、その後は、彼と言うことになるのかしら?
許:私は、周星馳はとてもイイ役者だと思います。彼はどんな役を演じてもイイ。
ただ彼の場合は、上手い具合に笑いの要素も備わっている。だから、
コメディをやっても素晴らしい演技ができるわけです。
肥:彼がやっているのは、スタンダップコメディではなく、喜劇ってことね
許:スタンダップ・コメディと言うのは、また別のジャンルなんですよ。
芝居とはまた全然違うもので、トークでパフォーマンスするもので、
ある種の芸術的スタイルなんです。


肥:私たちは今こうしてトークしているわけだけど、
話をする時は、今の流行に合わせるようにって言われるのよ。
それには先ず、今流行りの話し口調で話さないとダメなのよって。
例えば、「ちょっと“Hea(※2”しに行かない?」とかね。
私は、こういう言葉遣いを真似る必要は無いと思うんだけど。

2:香港の流行語、由来はhang around から来ているそうな。
ぶらつくとか、ダラダラする とかそう言う意味で使われている。

肥:流行語を話したら、私が時代遅れではないって事なの?
でも、私だって時代にはついて行っているつもりよ。例えば、私が孫と話をする時よ。
それから、海外に居る姪っ子とだって、フェイスブックで彼らと話をするんだから。
許:私は、気に入ったら使いますよ。
でも、無理に使おうとはしませんね。特に私の場合ですと、
自分の話し方のスタイルってものがあるわけですから。
肥:そうね(笑)
許:どうして他人の話し方をマネなきゃならんのです?
肥:そうよ
許:その流行語ってのがどれもマフィア言葉だったらどうなんです?
どうして、マフィア言葉をマネなきゃならんのです?(笑)
肥:(笑)
許:わけがわかりませんな!なんで私がアチラさんの言葉を・・・馬鹿々しい。
私がスラング表現を使わないのも、こうした理由からなんです。
なぜスラングを使わないとイケないんです?
なぜなら、話術に長けていないからですよ!
肥:だ〜から、そういった・・・
許:そういった助詞に頼らないといけないわけですよ!
我々のトークの腕は大したものですから、話にインパクトを与えるために
生殖器などの助詞を用いるなんて、必要ないんですよ。
だから、私は流行は追わない事にしているんです。
肥:流行は、人が作り出したものよね
許:そう!しかし、時代の傾向と言うのは避けられないものです。
社会について行けば必ずね。
日進月歩の今の時代、必ず何かしらの流れに乗らなければならない。
ただ、流れに乗るのはいいですが、無理に流行を追う必要はないですよ。
肥:そうね。無理に他人に盲従する必要はないわね


喜劇王の願望

肥:あなたの司会者ぶりは、とっても秀でているわよね。
正にラリー・キングみたいだと思ったことはない?
女性ならオプラ・ウィンフリーね。これは私の夢なの。
私はね、オプラ・ウィンフリーのような番組をやりたいと強く願っているのよ。
あなたなら、いつだってラリー・キングに勝る番組が作れると思うけど。
本当に考えた事はないの?
許:・・・・・・私には一つの夢があります。
私は、随分と長い間、自分の満足の行くコメディ映画が撮れていません。
もう随分前から考えているんですけどね。まずは、このコメディを完成させたいんです。
一本か二本、笑えて、且つ興味深い、そして以前のスタイルとは異る、
そんなコメディ映画が撮れたら、私はとっても満足です!
そしたら、私の最後となる番組には、必ずあなたをお誘いしますよ!
肥:アハハ!
許:有線TVさん、私を引き取ってくれませんかね!
肥:私たち二人なら、本当に一緒にやれるわよ
許:毎晩一時間の番組の中で、香港の百態について思う存分トークするんです。
肥:実にいいじゃない!
許:私が年老いて、歩くのも困難になった時は、座ってできる番組をやればいいですしね。
肥:そんなに待つ必要ないでしょう。私、本当にやりたいの、お兄様!
許:香港で起きた事柄を、ユーモラスに語るんです。少々深みのあるね!
肥:香港は毎日のように事件が起きているからね!もうそれ以上映画は撮らなくていいって
許:このアイディアは、なかなかイケますね
肥:局の皆さん聞こえたわよね!このクダリ、くれぐれもカットしないで頂戴ね!
局のお偉方にも伝えといて下さいよ!
許:今の香港には、毎晩一時間の番組が必要ですよ。
十分な時間があって、でも退屈しないような。
会心の笑みを浮かべられて、またズバリと問題の急所をつくような!
当日の事件、或いは世界の動向を分析しながら、
視聴者の知識を深めることができる。こう言う番組が今無いんですよ。
肥:何度も言いますけど、ただカメラに向って怒り狂うだけの、
建設的でなく、ユーモア感もないそんな番組はダメよ。
許:「アヤヤヤヤヤ!(マリアの言う番組をマネてみせるマイケル)」って、
これじゃあ意味がないですよ!もう一つは、絶えず不平をたれるパターン。
「ギャギャギャギャギャ!!」って、これのどこに解決方法があるんです?
肥:ないわよ
許:「ギャギャギャ!」って。
肥:そうよ
許:また或いは、何も話さず、ただ笑うことしか知らない人たちもいる
「アハハハハ!」って、・・・・・・。
肥:何を言っているのか聞こえないのよ
許:何がおかしいんでしょうね?何も気付かされる事がない番組の。
どうしてこのような番組が広く人気があるか、ご存知ですか?
なぜなら、殆どの番組が、とりとめもなく空言を話すからです。
それなら料理番組を見た方がイイですよ!ハハ! あなたの番組は成功していますが、
私はあなたのTVファンとして、少しばかり言わせて下さい。
肥:いいわよ
許:私の妻はいつもあなたの料理番組を見ています。
彼女自身は料理は分からないので、ただ見た事を英語で家政婦に伝えるだけなんですが。
家政婦はそれを聞いて調理をする。でも出来上がったものは、別物なんですよ!
それでも、私は褒めますけどね。それから、私はあなたの歌を聞くのが好きなんです。
近年は歌う機会も減ったようですが、料理をしながら歌うってのは出来ないものですかね?
肥:それは実にいいアイディアね!
許:料理しながら歌ったらイイですよ!
肥:OK! (早速、マリアが歌いだす)

 When I was young I’d listen to the radio
Waiting for my favorite song When they played I’d sing along
許:
(途中から一緒にハミング)

肥:It makes me smile
許:(テーブルを軽く指先で叩きながら拍子を取り始める)

肥:毎回ここまで来たら・・・Every

肥:許:sha-la-la-la Every
wo-o-wo-o
Still shines

許:ウ〜ウ〜ルルルル〜

肥:
Every
肥:
許:shing-a-ling-a-ling (マイケルさん高音のハモリ担当)
肥:That theyre starting to sing,
肥:許:So fine … ドゥルルルル〜


肥:こういった歌は、本当にイイわよね。
ね、私が言った通りでしょ!彼は歌えるのよ、即興でハモれるんだから!
許:今も、この曲手に入ります?
肥:ありますとも!
許:カーペンターが歌っているヤツですよ!
肥:そうです!アレンジも同じヤツです。ライブ版もありますよ!
許:今度日を改めて、あなたが料理して、私はお酒を何本か持って遊びに伺いますから。
その時にでも歌いましょう。
肥:約束よ!あなたがお酒を用意して、私は料理担当。
懐かしのヒットソングを歌いながら、美味しいお酒を飲むの。
許:(とっても嬉しそうなマイケル)
肥:乾杯!約束だからね!


【終】

(日訳:管理人Baakkei)

肥媽私房菜 ゲスト:許冠文 A

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孫と戯れる喜び


肥:私たちは、孫と遊んで喜びを感じる段階に入ったのよね。
以前は、叩いて懲らしめたり、大声で叱ったりしたけれど、
そう言った方法はどれも使えないしね。
私が今、どんな風に孫を連れていると思う?本当に嬉しいのよ。
孫を見ると、怒りなんて忘れて心が喜びで満ち溢れるのよ。あなたはどうなの?
許:(笑) 私も一緒ですよ。
肥:ハハハハハ!
許:私は今、孫には甘い方でしょうね。将来、私が責任を負う必要もないですし。
責任を追わされるのは私の子供たちですからね。
肥:そうよ!責任は彼らにあるからね。
許:孫と遊んでいると楽しいですよ。
肥:そう、そうなのよね!それに、孫が我々を若返らせてくれるのよね!
孫とおままごとしていると、いっつも孫が先生の役をやりたがるのよ。
孫が先生だから、私が生徒になるんだけどね、実は私自身もエンジョイしてるのよ。
許:私は今、孫が二人いるんです。私の娘が男の子を生んだのですが、
娘が心配性なんですよ。私が孫にちょっとでも触ると、
「手を洗ってからにしてよ!」って私に言うんです。(笑)
おかげで今暫くは、気安く孫に近づけないんですよ。
しかも、我々は同居しているわけではありませんから。
偶に訪ねて一緒に遊ぶだけなんですけどね。
私の息子にもまた一人娘がおりまして。今、私は毎日その孫娘と遊んでいるんです。
恐らく・・・私は、特に女の子が好きなんでしょうね。
肥:そうなの!異性同士は惹かれ合うのよね!
許:彼女は、毎日朝起きると私のベッドに這い上がってですね・・・
アハハ、こうやって・・・私のメガネで遊ぶんですよ。(笑)
私は、大人の話し方で彼女と接しているんですよ!
「おい、それはイケませんぞ・・・」って。悩み事だって、彼女に話すんですよ。
「今日は仕事しなくてもいいんじゃないかと思ってね・・・
一日休みたいなぁって、キミはどう思うかね?」
肥:アハハハハ!
許:(笑)それがなんと、少しずつですがね、私が何を言っているか、
彼女は本当に分かるようになるんですよぉ!
肥:分かるのよぉ!
許:少しずつ聞いて理解するようになるんですねぇ
肥:そうよ!分かるの、分かってるよぉ。
あなたは、彼女の事をイイお友達だと思うべきよ。
許:最近、私は孫娘に、ある方法を試している所なんですよ。
叩いたり怒ったりしないで、彼女を教育できるか、と言う。
今や体罰や怒鳴るのは間違った教育方法ですからね!
肥:効果ないのよ!
許:私は以前、また別の方法で息子を教育した事があるんです。
褒めると言う方法でうまく行かないか試してみたんですよ。
今になって気付いた事ですが、あの実験は成功だったと思いますよ!
彼女がよくできたら、褒めるんです。 「GoodGood girl!」って。
肥:Good girl!」 (←マイケルの真似して)
許:もし、間違った事をしたら、ただ「Not so good! NoNo!,NoNo!」
って言うんです。で、間違いを正す事ができたら、その時は「GoodGood!」って。
肥:アハハ
許:二回ほどやってみると、彼女は分かるんですよ。これは正しい事なんだって。
肥:そうね!
許:もし、「ダメだよ」と言えば、正しくないって事ですし
肥:褒めるのは絶対に大事よね。
以前は、孫と遊ぶ事の楽しさが分からなかったんだけど、
今、私たちを見てよ!孫の話になった途端、笑みがこぼれちゃって


肥:私思うんだけど、昔あなたは、中学二年の時よ、夜間学校に行って、
中学四年生を教えていたなんて、あなたの度胸は大したものねぇ!
許:そうですよ!私は必死でしたから。お金がなかったので、本当になかったので!
環境は悪い方が人間は鍛えられるんですねぇ。環境が悪いのは良い事ですよ。
だから、私は親御さんたちに忠告しておきます。
子供たちには、絶対に苦労させるべきです。
肥:それは絶対よね!
許:苦労してこそ初めて花開くんですよ。
肥:悪環境で育つと、挑戦することを恐れないしね。そして成功するのよ。
自信に満ち溢れているからね。
許:背水の陣と言う気持ちですよ!
肥:あなたは、夜間学校の教師から始まって、本当は芸能界に足を踏み入れるつもりなんて
なかったんでしょ。どうして最後は芸能界に身を投じる事になったの?
許:それは生活が実に苦しかったからですよ。私は大学に進学したかった。
でも、中学(※1)卒業後、師範学院で一年間教育課程を学び、教鞭を執る事に。
母から、「あなたには弟と妹たちがいるのよ、大学進学はダメよ、
自分を犠牲にしてでも早く稼いで家族を養わなくちゃ。弟たちが大学まで行けるように!」
って言われたんです。でも、私の進学への想いは強かったんですよ。じゃあどうするか?
当時、既に教職に就いていましたが、何が何でも中文大学に行きたかったんです。
当時・・・・・・、母は勉強を続けてもいいけれど、その代わり一つ条件があると言いました。
大学に通いたいなら、家計に支障をきたさないことだって!ハハッ!(笑)
肥:ア〜ハハハッ!

1:香港の教育制度はこちらを参照



ハハハ!の喜劇人生

肥:(スタンダップコメディのDVDを指差しながら)あなたのトークショー、
あの時、私香港にいなかったのよね。(と言って、マイケルにDVDを見せる)
許:(マイケルもDVDを手に取りマジマジと見つめながら)あ、はい。
これはあなたに差し上げますから!
肥:私、必ず見るから!!
許:家に帰ったら見てください
肥:分かったわ!!
TV
から始まって、映画にトークショー・・・と、舞台に至るまで、
長年あなたは、いつだって人を笑わせ楽しませると言うイメージだけど、
どんなメッセージを観客に伝えたいのかしら?
あなた自身が楽観的な性格だから、楽しいメッセージを皆に届けたいとか?
どうして、“コメディアン”と言う枠を越えようとしないの?
許:私は、人生が苦しく短いものだと本当に思っているからです。
人生は本当に辛く儚い。殆どが悲しい事ばかりです。
悲しいものである以上は、皆、楽しく生きる術を求めたいと思うものです。
どうして“悲劇”を撮らなければならないんでしょう。特に昨今は、
新聞をめくったり、TVのニュースを見れば、どのニュースも、
あらゆる“悲劇”よりも更に悲惨なんですよ。そうでしょう?
肥:その通りね
許:あらゆる悲惨で、残酷な事件を目にしてきたのに、
映画でまた、この世はとても悲惨だと伝える必要があるのですか?
必要ないですよ。皆、分かりきっていることですから。
それよりも知りたいのは、どうすれば楽しくなるかって事だけですよ。
だから私は、ジョークを言ったり、或いはコメディ映画を撮ることで、
ハッハッハ〜って儚い一生を送れるんじゃないかとずっと思っているんです。
楽しむ事を前提に、人生を謳歌する。それ以上悲惨な事を言うのはやめにして。
だから、私は改善したいとは思いませんね。
肥:あなたって、実はすぐ満足しちゃう人間なのね!
あなたは事業が大成功を収めていた時、更にTV番組を制作して、
許冠傑に詞を書いた事があったわね。著作権料を貰って。
そして歌も歌えて・・・そうよ!あなた、歌ってたわよね?
許:私は歌ってませんよ!
肥:歌ってました!
許:私は歌いたくないんです。
肥:歌えるわ。あなたは歌えます。なぜかって?それはね、
当時、私たちがステージに上がって歌っていた時よ。
彼はね、ステージで歌ったんですよ。私と、あなたと、ジョン、そしてフィリップで。
私たち、いつもステージで歌ってたじゃない。彼の歌はなかなかイケるのよ!
許:まぁ私の話を聞いて・・・
肥:それなのに彼ったら、私に稼がせてくれないのよ。
彼の為の歌のステージを用意しようとしてたのに。
私はまだ、心にしっかり留めているんだからねぇ!
許:私が先ほど言ったのは・・・、『雙星報喜』の第一回目の放送で、
私と阿Samは、監督の梁淑怡から言われた通り、それぞれ二曲ずつ歌を歌い、
またジョークを披露しました。この回は、とても人気があったんですよ。
しかし、監督の梁淑怡は、こう言ったのです。
「あ〜マイケル、私たちが思うに、やっぱりあなたは笑いに専念して。
歌の方は、あなたの弟さんに任せた方がいいわ。(笑)」
肥:(おかしくて、噴出しそうになるマリア)
許:私は大学時代・・・
肥:ホントにそんな風に言ったの?
許:そうですよ!私は大学時代、バンドのボーカルをやっていたんですよ。
カッコだけでなく、実力もあったんですよ。まさか彼女にこんな事言われるとは。
“私は笑いに専念して、歌は弟に任せて”、彼女は少し控えめに言ったのですが、
勿論、私はその意味が分かりましたよ!
その日から今に至るまで、私は一曲たりとも歌わないことにしたんです。
肥:実を言うと、私は彼(マイケル)の歌を何度も聞いた事があるんだけど、
彼の歌声はとってもステキなのよぉ!ハモりながら一緒に歌った事だってあるんだから!
彼は、本当に歌が上手いのよ!ステージの上で歌わせようとしたんだけど、
彼ったら、いやがるのよ。本当に上手いのにぃ!
許:ステージと言えば、お客がお金を払ってもいいと思うのは、勿論、
最高のものを観たいからです。私なんて、どんなによくても二流、三流です。
この世界は一流にしか関心がないんですよ。
もし一流でないのら、ステージに立たない事です。
肥:うんうん
許:私はね、そう思うんですよ・・・・・・。例えば、お金を寄付して、
その上、タンゴまで踊ろうとする方が大勢いらっしゃいますが、
ホント嫌になりますね!寄付するだけでいいでしょう。
どうして私がそんな我慢してまで他人が踊るタンゴを見なきゃならんのですか!
その方たちは一流なんですか?
肥:(口の中のものが噴出すのを我慢しながら笑いこけている)
許:一流なんですか?・・・。
肥:(笑いをこらえるのに一生懸命)
許:寄付するなら、一流のダンサーを招いてですね、
我々に一流のタンゴを披露する のが当然でしょうが!頼みますよ!
私が言っているのは、こう言うことですよ!・・・・・・。
肥:もう〜あなたのせいで、窒息する所だったわよ!アハハハハ!
許:そ、・・そんな・・・そんなに面白いですか?
肥:ア〜ハハハハ!
許:近頃の人は、もっと無茶苦茶ですよ。彼らは、寄付をした後、
その本人がステージに上がって歌いだすんですから。はぁ〜それも10分あまり、
20
分近くも歌うんですからね。(笑) これはもう観客への嫌がらせですよ。
まったく!いい加減にして貰いたいですな!
肥:ア〜ハハハハ!
許:・・・・・・。
肥:もうダメ、ちょっと水飲まないと
許:今の世の中は既に、人々が身の程をわきまえる能力さえも失うまでに
“発展”してしまったのでしょうかね?
だから私は、この場を借りて皆さんに忠告したいんです。
ステージに立つのが好きな方、皆、最も良いものを求めているんです。
一流の方だけを見たいんです。二流の方は、どうぞご遠慮ください。
もう少し謙虚になりましょう。先ほど、あなたは私の歌がどれだけイイか
アピールしてくれましたが、私の歌は恐らく三流ですからね。ハハハ!、
あはたは一流、私は三流です!
肥:ハハハ
許:三流は当然歌いませんよ。二流でもダメですから!
あ、自分のパーティーなら歌ってもいいですよ!
肥:あなたの見解はとっても独特ね。私、素晴らしいと思うわ。とってもイイわよ!

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肥媽私房菜 ゲスト:許冠文 @

『肥媽私房菜(肥媽のプライベートキッチン)』は、
肥媽こと、瑪俐亞(マリア)が香港の有線娯楽台(ケーブルTV)で
ホストを務めていた番組である。当時、その番組に新しく作られた
“開心家庭(ハッピー家族)”と言うコーナーに
2008
年、許冠文先生がゲスト出演した。


◆肥媽私房菜
ゲスト:許冠文(マイケル・ホイ)
ホスト:瑪俐亞(マリア)
放送日:2008127
動画:TV 

以下、会話の内容を訳したものである。



元祖喜劇王 その裏にある楽しい家庭とは

肥:マイケル、私たち知り合って随分経つわね。
この番組は、『肥媽私房菜』の他に、もう一つコーナーがあって、
それがこの“開心家庭(ハッピー家族)”なんだけど。
成功する人ってのはね、私が思うに、皆楽しくて幸せな家庭を持っているもので、
それでこそ初めて成功に向けて邁進するための推進力になるんじゃないかって。
あなたは一応 ・・・“スキャンダルが無い人”でしょ!
許:私の場合、スキャンダルが無いのは、上手に隠しているからですよ。
肥:ま〜たまた〜!
許:ハッハッハッ
肥:私は知ってるんですよ!彼が奥様の事を物凄く可愛がっているって!
これは今やニュースではなく、皆さんご存知の事ですけどね。
あなたと奥様は、学生時代からのお付き合いでしょう。
あなたを影で支えていた奥様の力は間違いなく大きいと思うわぁ。
だって、先ずは安穏な暮らしがあってこそ、楽しく働く事ができるのだもの!
奥様が家庭の方をうまく切り盛りしてくれているから、あなたは心配しなくてすむんだもの。
そうじゃなかったら、クリエイトするなんて、そう簡単にデキナイわよ。
許:恐らく、私は運がいいんだと思います。このような賢い妻と結婚できたんですから。
私は・・・お金を管理した事がないんですよ。
例えば、私は映画を撮る事と、アイディアを練る事が好きなんです。
でも、金銭を管理するのは嫌いで。私が妻と結婚してからは、
財政の管理は彼女に任せているんです。子供の面倒も彼女が。
だから私は、映画を撮る事と、稼ぐ事にだけ集中する事ができる。
彼女は、とても上手くやってくれていますよ。・・・料理以外はね・・・・・・
肥:ガハハハハ!
許:ハハハハハ!実際、ここ数十年はとても理想的なんです。料理を除けば!
肥:アハハハハ!
許:料理の話と言えば、これが笑えるんですよ。
彼女は私の為に美味しい物を作りたくて、いつもアナタの番組を見ているんです。
でも、彼女は見るのは見ても作れないんですよ。目玉焼きの作り方も知りませんから!
財テクの方は得意でも、目玉焼きはデキナイ。
だから、フィリピン人の家政婦さん何人かに調理を任せているんですけどね。
毎回あなたの番組を見終わると、彼女は“英語”でそれを家政婦に伝えるんです。
あなたと同じ料理を家政婦に作って貰おうとするわけです。
肥:で、うまくいくの?
許:結果は、どれも食べられたもんじゃないですよ
肥:そんなハズないでしょ!
許:我々がどうして何十年も何の揉め事もなく平穏にやっていると思います?
私はよくできた人間ですから!例えどんなに不味くてもですね、
孫たちと接するみたいにやるわけですよ!「う〜ん・・・これも悪くないね」って。
肥:あ〜、なるほどねぇ!
許:ただ装っているだけなんですけどね
肥:夫婦だって皆ね、お互いを敬い、認め合うべきよね。
だって奥様だって一生懸命やってくれたんだもの。夫婦同士敬うべきよ・・・
許:楽しい家庭を築くために最も大切なものは何か、
それは一言、“親しき仲にも礼儀あり!”だと私は思いますよ。
夫婦になって何十年も経ったからと言って、
「そんな事はもう必要ないだろう!」なんて、くれぐれも思わないように!
一番よいのは、相手を常に新しい友達のように思うことです。
「お前から先に・・・悪いねぇ・・・本当だよ、ねぇ妻!こうしよう・・・
遠慮しすぎだよ、僕が全部食べるから」
本来はこうしなくちゃダメなんですよ。ムードってのはとっても大事なんです!
夫婦ってのは、34年経った頃が最もお互いに興味がなくなる時でして・・・
(ちょっと演技しながら)「・・・もうこんな事しなくたって!」っと言う風にね。
肥:そ〜れはダメよ!
許:そう。 だから客人と接するようにお互い尊敬し合うんです。
まるで、昨日初めて出会ったかのようにね!


幸せな家庭における心配性の父

肥:ここ数年、私とマイケルは色々な席で一緒になる事があります。
皆心の中では分かっているのよね。たとえ再々会わなくても・・・
私は未だに覚えているわ!『合家歡(ミスター・ココナッツ)』の撮影の時よ。
冬だったのに、夏のように見せかけて私泳いだのよね。
そしたら、後で身体を壊しちゃって・・・。その一緒に映画を撮っていた時よ、
あの時、あなたの娘さんは海外に留学中だったのよね?
許:・・・・・・はいはい。
肥:覚えてる?
許:はい
肥:彼はね、娘の事が可愛くて仕方が無いんですよ!
娘さんと電話で話をした後、私に聞いてきたのよね。
「もしも娘が恋愛したとして、何かアドバイスしてあげたかったら、
何て言うべきかな?」って。
私は、「それってあなたの娘さんの事?」って聞いたら、
あなた、「違うよ〜!」って、否定したのよねぇ。
許:ハハハハハ!
肥:そうよ、否定したのよ!あなたは奥さんの他に、
娘さんとの仲もとっても良いのよねぇ。そうでしょう?
許:そうです。今もですよ!毎週34回会ってますから!息子との仲も良好ですよ。
ただ、彼は仕事で北京にいるので、そう再々は帰って来られませんがね。
とにかく私は子供たちと、週に3回は食事しますかねぇ。
ま、少なくとも最低2回は!アハハハハ!
肥:ハッハッハッ
許:と言うのもですね、当時、私の生活はちょっと特別でしたから。
いつも子供たちと一緒にいたんです。元々いっつも一緒に遊んでいた所に、
突然、二人とも一遍にカナダに留学する事になったんです。
飛行機にも付き添って乗ったんですよ!
これから4年もなかなか会えないと思うと、別れるに忍びなくて・・・
肥:そうなのよねぇ。マイケルは子供が可愛くて仕方が無いからねぇ。
許:私は意外にも、こう言う事に関しては・・・・堪えられないんですねぇ。
リーマンショックなんてのは、どうでもいい他人事に過ぎないと思えても!(笑)
肥:他人事!ハハハハハ
許:お金なら、また稼げばいい事ですから。
肥:そうね!そうなのよね!
許:ハッキリ言って、私はまだ稼げますからね!
肥:そうよ〜!
許:金なら大丈夫!だって、“情”ってのは一番大切なものでしょうが!
肥:特に、子供の成長を見ているとね。子供の事が心配になるのよね。
私、知ってるわよ。あなたの娘が結婚すると言った時、必死にもがいていたのは、
娘さんじゃなくて、あなたの方だったのよね。それも長い事!
許:・・・・・・結婚も同じです。
娘が、これからはこの部屋には住まなくなるのかと思ったら、
あの一週間は、娘の部屋の前を通るのも怖かったんですよ!
襲ってくるんです!その・・・恐怖心ってものが。ある意味、ちょっとした変体の域ですよね。
幸い、私には精神科医の友人がいるのでね、いつも叱ってくれたんです。
中でもある一言は、とても役に立ちましたよ。
「マイケル、子供はあなたのものではないんだよ」って。
肥:そ〜うよ!私もあなたに言いたいわ!あなたの財産じゃないんだから。
許:私の財産じゃない!そうだ!
肥:必ずいつかは去って行くものよ。
許:そうだ、いつかは去って行くんじゃないか!
肥:そうよ!その通りよ!覚えてるわよ。あの時もあなたそう言ってたわね!
許:子供たちが離れて行くのは、良い事なんですよね。
その第一ステップが、学業でしょう?!
肥:そう!
許:第二ステップは、結婚でしょう?!
肥:そうよ! 
許:わ〜これらは子供の前途ですよ。親にとっても願ったり叶ったりじゃありませんか!
子供は、私の私物ではないんでしょう。
そう考えたら、次第に吹っ切れるようになりましたよ。
肥:そうよ、中国にはこんな言葉があるわよね。“男は婿に出し、女は売りに出す”って。 
娘ってのは、結婚したら自分のものではなく、他人のものになると思われガチよね!
実は、これも間違った考えなのよ!ちょっと考えてみて、今、二人の孫が増えたんでしょ!
許:今晩にも遊びに来るんですよ。
肥:ほらね〜!それに他にも大勢連れて帰って来るんでしょう。
婿に、息子の嫁、それに加えて孫たちも!そう考えたら、儲かったも同然よ。
許:そうですね!私は、とにかく緊張しやすい人間なんです。
だから、親御さんに忠告したいんです。もしあなたが、私と同じようにとにかく敏感な性格で、
子供が小さい頃からずっと一心同体のような親子だとするならば、
子供が海外留学、そして結婚するとなったら、気が気じゃないハズです。
今から訓練しとかねばなりません。子供はあなたの付属品ではないんだって。
肥:あなたの“生産品”には変わりないわよ!
決して、えーあなたの・・・えー“専用の品”ではないけどね。
許:彼らは、遅かれ早かれ離れて行くものです。祝福して送り出しやるべきです。
だから少しずつ趣味を増やすなど自分を育ていかないと。
あなたのように、バンドを組むとかね。料理をするとか、
妻とのコミュニケーションを増やすとか、新しい友達を作るとか。
少しでも多くやる事を見つけてね。そうすれば少しは気が晴れますよ。

-料理が運ばれてきた-

肥:(ウェイターに向って)どうも!どうも!
これが“シャコの春巻き”よ!こ〜れはイイわ!
こう言う風になっているのはイイわよ〜!自分で殻を剥かなくて済むもの
許:あ〜・・・シャコの春巻きね
肥:で、これは、素揚げホタテの炒め物よ
許:これは、西貢で獲れた地物のホタテですか?
肥:その通り!皆さんよく見てね!これは、地元、西貢で獲れた新鮮なホタテよ
許:私は、香港産の品を支持します!
肥:がんばれホンコン!

肥:ホントに新鮮で甘くて、美味しいわねぇ。
許:うん。本来なら、香港の海の幸は素晴らしかったのに
肥:そうよ
許:香港のアワビは、大連産にも勝っていたんですからね!
肥:今はもう無いけどねぇ
許:無くなっちゃいましたねぇ・・・
肥:新鮮なホタテは、本当に美味しいのよねぇ
許:はい
肥:もう一つ頂くわ。・・・うん、シャコの春巻きを食べる時、
自分で殻を剥かなくていいってのは、これはとってもイイ事ね!
許:シャコの春巻きは、一番いいのは殻を剥かずに済むことですね。
毎回、殻を剥く度に手が汚れますからね。
肥:先ずマッサージしてやらないといけないしね。それからゆっくりと殻を剥いて・・・
うん、いい味してるわ!!

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不是帝后不聚頭(2007) ゲスト: 許冠文@

2007.04.01 Sun

『不是帝后不聚頭(2007)』は、
鄭裕玲(ドゥドゥ・チェン)がホストを務めるTVB30分番組で、
主に『香港電影金像獎(香港版アカデミー)』において、
最優秀主演男優・女優に選ばれた歴代受賞者をゲストに招き、
インタビューを行うと言うもの。
許冠文先生も嘗てご出演されたので、
その時の会話を翻訳してみました。

※動画:
TV

訳文


鄭裕玲:
香港人は皆、映画を愛しています。特にコメディとか。
映画館でコメディ映画を観ると楽しいキモチになり、
思いっきり笑うことで、どんな悩みも忘れてしまうものです。
それでは今晩のゲストですが、
彼の映画は嘗て、香港の興行記録を塗り替えました。
その人の名は、初代喜劇王、許冠文先生です。


――許冠文(マイケル・ホイ)は、1968年に芸能界入りを果たすと、
70年代には既にコメディの才能を開花させた。
自ら脚本・監督、及び出演までこなした彼の映画は、
当時、香港全土で一世を風靡したと言える。
このような独自のスタイルを持つ許冠文流の笑いは、
多くの観客に受け入れられただけでなく、
1982年には、香港電影金像奨の初代主演男優賞に選ばれた。

鄭裕玲:マイケル、こんにちは
許冠文:はい、こんにちは〜!
鄭裕玲:こうしてあなたと改まって話ができるなんて貴重だわぁ!
許冠文:えぇ
鄭裕玲:だって私たち、映画で共演したことないでしょう?
あなたが司会をしていた番組だって、私出演したことないですもの!
今回、やっとこうしてゆっくりお話ができるのねぇ!


テレビ業界に入る

鄭裕玲:テレビ、映画、そしてスタンダップコメディとあなたの歴史は実に長いけど、
最初、TVB(無線電視)の仕事に関わる事になったキッカケは何だったの?
許冠文:もう忘れてしまいましたねぇ!アッハッハ(笑)
鄭裕玲:歴史が長すぎて?(笑)
許冠文:実はですねぇ、簡単な事なんですよ。要は・・・
当時私は大学生でした。三、四年生の頃になると学費を払うお金がなくて、
バイトで講師をやっていたのですが、それでもお金が足りなかったんです。
すると、急遽ある新しいテレビ局が開局すると言うのを聞きまして。
無線電視って言うんですがね、高収入だと言うので私は弟に頼んでみたんですよ。
彼はあの時ちょうど歌手をしていましたから。
鄭裕玲:はい
許冠文:「私に仕事を紹介してくれないか?」って聞いたら、
“校際常識問答比賽(学校対抗常識クイズ大会)”の司会をする事になって、
それでこの業界に入る事になったんです。
で、引き受けてみたら、TVBの給料が非常に高い事に気づきまして、
講師の仕事をする必要もなくなり、TVの仕事に専念する事にしたんです。
TVBの給料だけで十分でしたからね。
でも、卒業が近づいてくると、卒業後は別の職業に就こうかとも考えていました。
元々芸能界でやっていこうとは思っていなかったんです。
鄭裕玲:へぇ
許冠文:でも想像もしませんでしたねぇ。実際にやり終えてみると、
意外と芸能界は私に向いている所だなと気づきましてね。
それで引き続き、『雙星報喜』などの番組に出たんです。


 
コントバラエティの世界に飛び込む

――コメディ作家になるには、鋭い観察力が必要になるが、
許冠文独自の見解によって生み出された笑いは、大人気を博した。
彼の才能は、若くして既に抜きん出ていたのである。
そんな“名馬”は、ある時“伯楽”と出会う。
許冠文は、自分の才能が買われ注目される事に、喜びを感じたと言う。

鄭裕玲:あなたは、その後、『雙星報喜』と言う
コントバラエティ番組を作ってしまったわけだけど、
自分にお笑いの才能があるって、どうやって分かったのかしら?
許冠文:きっかけは、社長の言葉です!
「キミは、非常に上品だし、英語もデキル。だったら、
キミが“歡樂今宵”でインタビューをしたり、通訳をやるってのはどうだ?」
それでやってみたんです。
杜平や、肥肥(リディア・サム)、そして波叔(リョン・センポー)と言った
先輩方の喜劇を隣で見てはいつも笑っていたのですが、
そんな私に波叔(梁醒波)は、いつもこう言いました。
「キミは見るからに上品で男前で、所謂インテリなんだから、
こういう物は見なくていいんだよ。キミには一生無理だから。
“お笑い”なんて、キミには向いてないよ」
私は、「それもそうだな」と思いましたが、こう言ってやったんです。
「あなた達の喜劇には、正直面白くない所があります!
こう言う事は、こんなにハッキリ言ったらダメなんですよ。
これだって良くないですねぇ・・・」など、
彼らの喜劇について色々意見してやったんです。
その時、監督を務めていた蔡和平は、私の意見を聞いてこう言いました。
「キミは、色々と意見があるようだが、
だったらキミが幾つかネタを考えてだな、彼らに演じさせてはどうだ?
別にキミは演じなくてもいいから」
私は、「分かりました。じゃあこうした方がいいですね」と、
早速その場で幾つかネタを考えたんです。
すると、ある晩、本当にそれを演じる事になりまして・・・
私のネタは大当たりするだろうって。
恐らく、当時の私の考え方が欧米化していたからでしょう。
鄭裕玲:はい
許冠文:アメリカや、イギリス的と言いますか・・
鄭裕玲:はい
許冠文:だから新鮮に思われたんでしょうね。
でも、そのおかげで大変な目に遭ったんですよ。
それから毎日のように三つほどネタを考えるよう頼まれてしまい・・・。
当時、『歡樂今宵』は、月曜から金曜まで毎晩放送していて、
それぞれの監督から頼まれたんです。
「一日三つずつ書いてくれないか?」「二つほど・・ダメか?」って。
そんな日々が何ヶ月も続いたんです。
そりゃイヤでも身につきますよ!素早くコントを書き上げる術をね。
鄭裕玲:そう言った笑いのアイディアは、どこから来るの?
どこからインスピレーションを得ているのかしら?
許冠文:小さい頃から、ラサールスクールに通っていたからでしょう。
鄭裕玲:はい
許冠文:西洋教育を受けていた影響で、アメリカ映画や、イギリス映画も沢山観ました。
その影響で考え方が西洋化し、
ユーモアセンスも西洋チックになったのでしょうね。
そのせいか、私にとって、それまでの広東語コメディと言うのは、
テンポがゆっくりで、ダラダラしているように感じられたんです。
鄭裕玲:そうでなければ、表現がストレート過ぎるってやつね!
許冠文:そうです!それで、もし私にやらせてくれるならば、
私流のコメディスタイルを取り入れようといつも考えていました。
でもまさか、そんな私の考えが、ちょうど新しい風潮として、
その時勢に求められていたとは思いもしませんでしたが。

許冠文:周梁淑怡って言う監督がいたんですけど、今、議員をしている。
鄭裕玲:あぁあぁ、セリナですね。
許冠文:彼女がこう言ったんですよ。
「あなたはコントのネタを考えて、演技指導までしているけれど、
私はアナタが演技している様子をいつも見ていて面白いと感じていたの。
いや、アナタが演じた方がずっと面白いと思うわ。
だったら、ここは一つ我々で新年の特番でもやってみない?
タイトルは、『雙星報喜』って言うの!
アナタは、自分が面白いと思うものを自分で演じたらいいわ。
あなた確か・・・弟さんがいたわよね。許冠傑とか言う。
彼は歌が上手だから、じゃあ彼は歌を歌い、
アナタは面白い事をやる、ってのはどうかしら?」
私は、「嫌です!演技は嫌いですから」と言ったんです。
私はコントの構想を練る事が好きなのであって、それは・・・って。
しかし彼女は言いました。
「そんな事言わないで!一度でいいから私を信じて!
ちょっと遊んでみるだけじゃない。
アナタの表情と動作が合わさると、すっごく面白いのよ。ね、試してみましょうよ」
・・・それで試してみたわけです。
正月番組として放送された『雙星報喜』は大好評を博し、
すぐに多くのスポンサーがついたんです。
鄭裕玲:こうしてあの番組が生まれたわけですね。
許冠文:そうです!こうして、『雙星報喜』が始まったわけです。

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不是帝后不聚頭(2007) ゲスト: 許冠文A


銀幕デビュー

――『雙星報喜』で大人気を博した許冠文は、
二回目の放送を終えた頃、
監督李翰祥(リー・ハンシャン)の目に留まり、
映画『大軍閥』の主役のオファーを受ける。
こうして彼の映画人生は幕を開けたのだ。
またこの決断が、彼の人生を大きく変える事となる。

許冠文:映画界に入った主なキッカケは、李翰祥監督です
鄭裕玲:はい
許冠文:李監督が何故『大軍閥』を撮ろうと思ったのかは知りません。
本当は、50過ぎの年配の役者を使おうとしていたらしいのですが、
その方は台湾にいらっしゃったようで、ビザが下りなかったとか。
鄭裕玲:それでアナタにお声が掛かったわけね
許冠文:李翰祥はテレビで私の番組を見た時、
「この若造なかなか面白いな」
と思ったらしく、
「じゃあ彼にしよう!彼に頭を剃らせてイケルかどうか試してみよう」
そんなわけで、私はスキンヘッドにして歴史劇『大軍閥』に出演したんです。
鄭裕玲:その時、いくつだったの?
許冠文:26
鄭裕玲:わーっ!まだ26
許冠文:えぇ、正直私は断りたかったんですよ!26歳ですよ!
とってもハンサムだったんですから。
鄭裕玲:アハハハハ
許冠文:分かるでしょ?あの時は二枚目の青年だったわけですよ。
それが突然スキンヘッドにしろだの、化粧しろだの、
しかも、私も知らない『大軍閥』を演じろって・・。
鄭裕玲:でも、アナタは李監督の事はよく知っている。だから信じたのね
許冠文:そうです。それで引き受けたんです。


 
映画監督になるキッカケ

――許冠文にとって『大軍閥』と言う役柄は、
全くの未経験ではあったものの、李翰祥監督の指導の下、
彼は大軍閥を見事に演じ切ってみせた。
また、この映画は後に、第19回アジア映画祭(現在のアジア太平洋映画祭)で
コメディ映画部門の最優秀人物開発賞(描寫人物最成功喜劇片獎
Best Comedy Character Development)を獲得した。

鄭裕玲:『大軍閥』出演にインスパイアされて監督業に興味を持つようになったの?
許冠文:大軍閥に出演する前、芝居ってのは薄っぺらいものだと思っていたんです。
それまでは、その場でパパっと考えて演技をするだけでしたから、
芝居ってのはそんなものなのかと。
コントだって、テキトーと言うか、遊びのようなもので、
これを一生の仕事にしてはいけないなと考えていたんです。
しかし、『大軍閥』に出演したことで、李監督はいつも私に色々な事を教えてくれたんです。
彼は、自ら脚本を書き、監督もやりますからね。
鄭裕玲:はい
許冠文:彼は毎日、脚本を練りながら、一方でメガホンを取り、
撮影が終わると、食事しながら私に色々と話をしてくれたんです。
作品に対する世界観とか、「あの時代はこうだったと思うんだよ・・・
だから軍閥はダメなんだ。彼は間違っていたから、こういう罰を受けたんだよ。
それで私はこういう風に彼を撮りたいんだ。描きたいんだよ。」
その時、私は思いました。
芝居は、チットモ薄っぺらくなんかないんだ、と。
鄭裕玲:うん
許冠文:わずか35ミリ幅のフィルムに、自分の心の声を全て映し出し、
全世界に影響を与える事ができる。これは興味深い仕事ですよ。


 
コメディの王になる

――こうして、許冠文は、李翰祥監督のもとで技術を盗み、
李監督自身もまた彼に編集やシナリオのテクニックを教えた。
その後まもなくして許冠文は、自ら脚本、監督、出演を手がけた映画
『鬼馬雙星(Mr.Boo!ギャンブル大将)』を世に送り出すと、
香港映画史上最高の売り上げを叩き出したのである。
また、それに続く、『半斤八兩(Mr.Boo!ミスター・ブー)』、
『賣身契(Mr.Boo!インベーダー作戦)』、『摩登保鑣(新Mr.Boo!アヒルの警備保障)』
と言った作品は、許冠文のコメディ王としての地位を更に不動なものにした。

鄭裕玲:82年に『摩登保鑣(新Mr.Boo!アヒルの警備保障)』で、
初代最優秀主演男優賞を獲得したけれど、その時、
もしかしたら自分が選ばれるのではと思わなかった?
許冠文:思いませんでしたよ!その時私は香港にいませんでしたし。
だから、許冠英に代役をお願いした記憶があります。
鄭裕玲:はい
許冠文:賞を頂いて、私自身申し訳なかったですよ。
いつも自分の演技は下手クソだなぁって思っているので。
鄭裕玲:じゃあ、主演男優賞を獲得してから、それがプレッシャーになった事はある?
許冠文:それはありません。
鄭裕玲:でも、私でさえ、それ以降の作品には、ある一定の品質を求められたわよ。
許冠文:私は、自分自身へ期待する事ならありますが、
演技に関してプレッシャーを感じた事はありません。私にとって演技と言うのは・・・
変化する事を好まない、それがある種、私のスタイルなんだと思います。
今回は、こんなキャラを演じたから、次は全く違う印象の役柄を・・
みたいに変化するのは嫌なんです。
やろうと思ったらできますよ!でも、私はそれがイヤなんです。
鄭裕玲:どうして?
許冠文:私が思うに、私は、あくまでも私なのであって、
役柄の変化については、あまり気にしていません。
でも、ストーリーの内容に関しては拘りますけどね。
だから、芝居に関しては、それほど大きな変化は求めていません。


――許冠文の強い主張は、彼の映画に独特のスタイルを確立させ、
また数多くの賞を獲得した。82年に主演男優賞を獲得した他には、
89年、AFIAmerican Film Institute)のベストアクター賞受賞、
92年には、シカゴ芸術学院フィルムセンターより
“傑出した映画俳優”の称号を授与されるなど、
彼の映画は、全世界の華人の心を強く引き付けたのだ。


 
脚本と監督業がお気に入り

――許冠文は数多くの映画に出演しているが、
その大部分は自らクリエイトしたものである。
演技の面で獲得した賞も少なくないが、
演技は、昔も今も彼にとって一番ではないと許冠文は言う。

鄭裕玲:脚本・監督・出演の中で、あなたが一番好きなのは、監督と脚本・・
許冠文:脚本は、私の世界観を表現できますからね。
鄭裕玲:と言うと?
許冠文:私が世界に対して、ある考えを持っているとして、
ストーリーを通して、その考えを伝える事ができるとしたら、
それはすごく興味深い事ですから。
誰が演じるかと言うよりも・・・、私にとって・・・いや、私自身が演じる・・・
鄭裕玲:なぜアナタが演じる必要があるの?あまり興味がないんでしょう?
許冠文:そうなんですが、
『歡樂今宵』の製作に関わったばかりの頃の話に戻りますが、
鄭裕玲:はい
許冠文:私は、『歡樂今宵』の出演者たちの為にコントのシナリオを考えました。
ですが、彼らは皆、私が言いたい事を表現できないんですよ。
それで私がいつも、「そうじゃないんです、そう言う意味じゃないんです」と言うと、
彼らは皆、どこが違うんだ?と言って皆で口論になるんです。
時には、私のイメージとあまりにもかけ離れているものだからイライラしてしまって、
つい、「私が言っているのは、こう言う事なんですよ!」と自分で演じてしまう。
鄭裕玲:それならいっそ、アナタが演じた方がイイってわけね!
許冠文:そうです。それともう一つは、コメディと言うのは、
いつでも“間合い”を表現する事が大切なんです。
鄭裕玲:タイミングね!
許冠文:そうです。リアクションの間合いがチョット遅れてもダメなんです。
ピッタリ間合いが合わないと、その効果が出ないんですよ!
鄭裕玲:そうねぇ
許冠文:ただ、彼らが思うベストな間合いと言うのもまた、
皆それぞれ異なるわけで・・・どれも皆、私のスタイルではないと言う事です。
鄭裕玲:うーん・・・
許冠文:それで、時々ついつい自ら演じてしまうんです。
鄭裕玲:それは私も分かるわ。私も沢山のコメディに出演してきたから。
でも殆どの人が、コメディ映画を撮るのは簡単だと思っている。
コメディの演技は簡単だと。でも、実際は違うのよね。
さっき、あなたがその真髄に触れたけど、タイミングが一番大事なのよね。
許冠文:間合いをつかむのは、本当に難しい。
鄭裕玲:難しいわね


 年代の異なるコメディ

鄭裕玲:前のコメディと現在のコメディでは、何が違うのかしら?
許冠文:あの頃のコメディは、薄っぺらいものでした。
深い内容は求められず、シンプルで。
鄭裕玲:とっても分りやすいってことね
許冠文:非常に分りやすい、それでよかったんです。
でも、現在のコメディには少し深みがないといけない。内容があって、
観て笑った後に気づくものがある・・・そう言う深みがないと・・・。
何かしらメッセージ性がないと今はダメなんです。
それが唯一の異なる点だと思います。
鄭裕玲:役者についてはどうかしら?今のコメディ役者と、
あの頃のコメディ役者では、何が違うのかしら?
許冠文:私が思うに、昔のコメディ役者は、演技がちょっとオーバーでしたね。
動作が大きくて、見る者に理解されない事をヒドク恐れているかのような。
一方、現在のコメディ役者は、含みがあります。
分からないなら仕方ない、私はこう演じるまでだと言わんばかりに
何の表情もなく、観る人がそれを悟ると言う。
時には、監督の演出によって補足が加えられる事もありますが、
役者は、あくまでもアカラサマな演技はしません。
鄭裕玲:あなたがイイと思う役者は?
許冠文:我々の・・・香港の役者は皆いいですよ。
彼らは皆、すごいと思いますね。例えば周星馳とか。
彼の演技には、ますます含みが出てきた。
鄭裕玲:はい
許冠文:でも気づくはずです。彼も最初の頃は・・大した事なかった事に。
ナンセンス・コメディ時代の彼の動作は大きかった。
でも今では、動きがどんどん小さくなっている。
これまでの彼の動向を見ると、彼は本当に演技が上手いなぁと思うんですよ。
例えコメディでなくても、どんなジャンルの作品でも
彼はうまく演じ切る事ができると思いますよ。


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不是帝后不聚頭(2007) ゲスト: 許冠文B


 
コメディの世界に酔いしれる

許冠文が扱う映画の題材はとても幅広い。
それでも、彼は決して成り行きに流されることはない。
どの作品にも、許冠文特有の要素が含まれ、
娯楽性と啓蒙性に満ち溢れており、
映画館を訪れる観客一人一人の心を楽しませてくれるのだ。

鄭裕玲:コメディ映画以外の作品を撮ろうと思った事はないの?
許冠文:ありませんね!
私はコメディ映画を撮る事にしか興味がないんです。今でもそうです。
鄭裕玲:どうして?
許冠文:この世界には、ただでさえ悲しい事が沢山あるのですから、
それ以上悲しみや苦しみを伝える必要はないと私は思うんです。
鄭裕玲:そうね・・・
許冠文:私自身、これ以上悲しい話は聞きたくないんです。
耳にするのは、楽しい事だけでいいんです。
鄭裕玲:はい
許冠文:辛いんですよ。いつも新聞をめくると、どれも暗い記事ばかりで・・・。
鄭裕玲:そうですね・・・
許冠文:TVだってそうです。流れるニュースはどれも悲しい・・・
鄭裕玲:はい
許冠文:全部とは言わなくても、99%は暗い話ですからね。
鄭裕玲:でも、あなたは自分で脚本を書きますよね。
コメディの脚本を練る事だって辛い事ではないかしら?
許冠文:脚本を練るのは確かに辛い仕事です。
でもその度に、自分自身にこう問い掛けるんです。
「悲惨な事を・・・皆が悲惨な事を目にした時に、
それを敢えて悲惨だと口にして余計に悲惨な雰囲気にさせる。
これに何の意味があるのだろうか?
それならいっそ・・・何かないだろうか、自分なりの視点で・・・
そうだ!悲惨な事を、笑いの角度から見る事はできないだろうか」
それで私は、今のスタイルを試してきたんです。
鄭裕玲:じゃあ、これからも引き続き映画を撮るのかしら?
許冠文:撮りますとも!今年、自作自演の映画を撮る予定なんです。
あと何ヶ月かしたらクランクインするつもりです。
鄭裕玲:ホント?
許冠文:本当ですとも!長い間、新しい作品を撮っていない理由は、
ずっと新しい物を求めていたからです。
今では、こんなコメディの形もあるんですよ。
基本は、皆に笑って貰うこと。でも同時に笑いの余韻を残す・・・
笑った後に興味深いと思える、と言うものです。
鄭裕玲:観た後にちょっと考えさせられる・・・
許冠文:観客一人一人が何かを導き出すことができるような・・・
随分と間が開いてしまいましたが、皆さんに伝えたいですね。
許冠文の新たな世界観と言うものを。


 
息子と娘への想い

許冠文にとって、息子(許思維)と娘(許思行)は、
彼の宝であるだけでなく、良き友人でもある。
また娘が結婚する時は、自分の元から巣立って行くのが辛く、
父親はうつ病を患ったと言う。

鄭裕玲:あなたは、娘と息子さんをとても可愛がっているそうね?
どちらかと言ったら甘やかしている方かしら?
許冠文:そうなるでしょうね!私の言う甘やかすと言う意味ですが・・・、
例えば、私は子供たちが小さい頃から大きくなって結婚した
現在に至るまで、叱った事がないんですよ。
鄭裕玲:ぇえ?
許冠文:殆どないですねぇ。
鄭裕玲:それはアナタが賢いからよ!責任は奥さんに押し付けて!
許冠文:勿論、討論になる事ぐらいはありま・・
鄭裕玲:あなたは優しい警官で、奥さんはキツイ警官ってわけね!
許冠文:あ〜確かに!その通りですね。(笑)
鄭裕玲:でも、お子さん二人ともご結婚されてしまったのよね
許冠文:しちゃいましたねぇ
鄭裕玲:留学とかだったらね、飛行機で飛んで会いにいけるけど。
結婚したとなると、再々お邪魔しに行くわけにもいかないでしょうね!
許冠文:いやそれが幸い、私の子供たちは皆いい子なんですよ!
私の性格を知っていますからね。出来る限り、時間があれば、
私と一緒にご飯を食べたり、映画を観るために帰って来てくれるんですよ。
小さい頃からずっと一緒に映画を観る習慣があったので、
会えば今でもほぼ毎週のように一緒に観ますね。
ただ、海外にいる時は無理ですが・・・。
例えば娘の場合だと、香港で仕事をしていた時や、香港に住んでいる限り、
毎週二晩は、私と一緒に映画を観たり、食事をしてくれます。
息子だって、海外出張でいない場合も、帰国するなり実家に帰って来ては、
毎晩のように私に付き合ってくれましたし。
二人とも本当によく私を立ててくれるんです。


 夫婦道

息子と娘の他に、奥様もまた許冠文にとって最も大切な人である。
二人は大学からの付き合いで、
最初は、奥様が許冠文にノートを書き写させてあげた事から始まり、
その内、奥様は自分の時計を質屋に売って許冠文の誕生日を祝うなど、
嘗て、二人は数多くの苦しい生活を共にしてきたと言う。
1972年に結婚してから現在に至るまで、
既に30数年の月日が経つわけだが、
夫婦の付き合いについて、許冠文はある独自の見解を持っている。

鄭裕玲:事実、アナタは幸せな家庭を持っている。奥様と結婚してもう35年!
上手に付き合う秘訣は何なのか、私たち後輩にご教示頂けないかしら?
許冠文:私と妻の関係は、アナタと呂方(デイビッド・ロイ)のようなものですよ。
鄭裕玲:え〜どんな風に?(笑)周りからは釣り合わないって言われるのよ。
見た目、身長、容姿などなど、全てにおいて不釣合いだって。
許冠文:私と妻だって、全然合いませんよ!
鄭裕玲:あなたと奥様も?あっ!じゃあそれが秘訣なのねぇ。(笑)
許冠文:私が思うに、本当は合わないからこそイイんですよ!
鄭裕玲:あぁ、私もそれは思うわ。
許冠文:もし、お互いの考え方が似ているとしたら、
何かあった時に二人とも悲観的になってしまうでしょう。
鄭裕玲:そうね
許冠文:でも、二人の性格が異なれば、例えばアナタの抱える問題について、
“僕はそんなの大した事じゃないと思うね、悪いけど、僕はそう言う風には考えないね”
って教えてあげられるでしょう。
鄭裕玲:うん
許冠文:そうやって慰めてあげられる!そうでしょう?
裕玲:そうそう!
許冠文:だからこそ、二人とも悲観的だったらダメなんですよ。
鄭裕玲:そうね、もし二人の趣味が違えば、別の世界を見る事ができて
お互い刺激にもなるしね。そう考えると自分と全く一緒な相手なんて、
伴侶にする必要がないわね。それなら一人で十分だもの。
許冠文:そうです。例えば私の妻ですがね、
彼女にとって映画と言う仕事は、別に大した事ではないんですよ。
映画はちょっとしたお遊びのようなもので、
お金が稼げるならそれに越した事はないけど、ぐらいにしか思っていないんです。
だから、私が映画の事で問題を抱えていると嫌がるんですよ。
私だって時には腹も立ちますからね。それで私の機嫌が悪い時は、
妻がご飯を作ってくれたり、気晴らしにショッピングでも行きましょうって言ったり、
「映画は遊びに過ぎないのよ、大した事じゃないの!
子供の方が大事で、子供の将来こそが重要なのよ。
だったら、全神経を子供の将来に集中させてよ。映画じゃなくて!」
と、彼女は言うんです。すると、ふと気づかされるんですよ!
鄭裕玲:でも、奥さんの考えに賛成できなかったら、
それはそれでまた喧嘩になるんじゃないの?
許冠文:そりゃそうですよ!
鄭裕玲:でもアナタは子供を叱った事はないって言ったわよね。
じゃあ奥さんと喧嘩した事は?
許冠文:あまり喧嘩しませんね。なぜなら私はずっと彼女を立てていますから。
鄭裕玲:アハハハハ!
許冠文:私の秘策と言うのは、女性とは喧嘩しない事です。
女性ってのは、不道理な事を言う生き物ですからね。彼女たちは身体で動く生き物・・・
鄭裕玲:マイケルったら〜!
許冠文:いえいえ、最後まで聞いて下さい!これは全てホルモンのせいなんです。
彼女の中にあるホルモンが一旦分泌されるとそうなるわけです。
鄭裕玲:不道理な事を言い出すわけね。
許冠文:そうです!そうなったら、とにかく彼女が正しいと言えば、
それでいいんです。そうすればその内自然に収まりますから。
鄭裕玲:でも面倒よね。全て正しいと言わないと、また気に食わないしね。
許冠文:遠回しに言えばいいんですよ!
正しいんだけど、でも全てが正しいと言うわけでもないような・・・
でも原則的に言うと、全て正しい事になるわけで・・・
鄭裕玲:OK!分ったわ(笑)


 三つの願望

許冠文は、人生において三つの願望を持っている。
一つ目は、香港コロシアムでスタンダップコメディーのショーをやること
二つ目は、300ポンドの大魚を釣ること
でも、この二つに関しては、数年前、すでに達成させている。

鄭裕玲:じゃあ、三つ目の願望は?
許冠文:映画を撮ることですよ
鄭裕玲:じゃあ、もし今年映画が完成して、全ての願望を達成できたとしたら、
次はどうするの?
許冠文:映画は、私にとって一生かけて追求する事だと思っているので、
達成したとしても、また次を撮りますよ。
鄭裕玲:また撮るの?
許冠文:撮りますとも!撮り続けますとも!もう少し簡単に言うならば、
仮にもし、次のように質問されたとしましょう。
「今も引退しているのとあまり変わらないけど、引退後はどうするの?」って。
鄭裕玲:はい
許冠文:実を言うと、私はもう随分前に引退しているんですよ。
ただ、引退した後に、自分の好きな事をしているだけです。
その好きな事と言うのが、映画を撮る事なんです。トークショーもね。
鄭裕玲:それは、今あなたがやっている事は、仕事ではなくて、
自分の好きな趣味だと思ってやっている、と言う事ね?
許冠文:そうです!楽しくて楽しくてタマラナイ事です。
私の今の夢は、76歳になっても、自分の好きな映画を撮り続けている事です。
そしてできる事ならば、観てくれる人がいる限り、76歳になっても、
香港コロシアムのステージに立ち、「ハハハ!」って言っていられる事ですね。
鄭裕玲:トークショーのことね!
許冠文:もう76歳って言いますとね、本来なら・・・
ちょっと話をするだけでウルサイって嫌がられますけどね。
もし76歳になってステージの上に立ち、トークショーができるとしたらですよ!
そして、チケットを買って観に来てくれる人がいるとしたら、
こんなに嬉しい事はないと思いませんか!お金じゃないんですよ。
鄭裕玲:それは嬉しい!76歳ね、私は絶対に観に行くわ!
そして今ここで祈るわ!あなたの望み全てが叶いますように。
いつもずっと楽しくいられますようにって。
許冠文:あなただって、そうなりますよ!
鄭裕玲:私も?
許冠文:あなたがやりたい事だって、同じようなものでしょう?
鄭裕玲:そう、私も今自分のやりたい事をしてるわ。
許冠文:あなたは86歳になっても、やはり番組を続けている、
私は、そう思いますよ。
鄭裕玲:そうね・・・そうねぇ・・・
あなたのお言葉通りになるとイイわね。
ありがとう、マイケル!


 
喜劇王
人生の探求は笑いにあり

許冠文


 
(日訳:管理人 Baakkei
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